「ちょっと失礼。少し飲むよ」
ダンジョンを突き進んでいく最中、Dr.ケミカがそんな断りを入れて試験管を取り出していた。
それを蓋を開けて、一気に飲み干していく。
「ぷはあっ。待たせたね」
「別にいいけど、何を飲んだんだ?」
「“聴覚強化”だねえ。少し気になることがあって」
「気になる事?」
そう言うと、シルフィ君。と、Dr.ケミカは声を掛けていた。
「何よ、どうしたの?」
「先ほど君は、オートマッピングシートによって、敵性反応の確認が出来ると言っていた筈だね?」
「ええ、そうよ。と言っても……」
「そう。“一度通った場所じゃないと表示されない”で合っているかい?」
「……! まだ説明して無かったのに、気付いていたのね」
Dr.ケミカの指摘に、シルフィは感心するように驚いていた。
するとショー君が疑問の声を上げる。
「ん? つまり初めての場所だと、敵がいるかどうか分からないって事かだぜ?」
「その通りよ。だからマークに頼りきりにならず、新しい場所では目視で確認することが重要よ」
「それでエルフのねーちゃん、さっきからキョロキョロしてたのか……」
「警戒するわよ。何せこの辺、実際私が死んだ場所に近いんだから……」
「それめっちゃ危険地帯って事じゃないかだぜ!?」
そうして、ショー君はめっちゃあたりを警戒し始めていた。
俺達も、全員さっきより警戒心を高め始める。
が……
「ふむ。安心した前、この近くには先ほどのような猛獣らしき生物はいないようだよ?」
「なんでそんな事が分かるのよ? マップも無いのに」
「“音さ”」
音? そう言って、Dr.ケミカは自分の耳をトントンと叩いた。
「さっきも言っただろう? “聴覚強化”の薬を飲んだって。あれで遠くの音も拾えるのさ。そのおかげで、獣のような呼吸音の判別も出来ている」
「なるほど、だから貴方は先ほど薬を飲んでいたのか」
「その結果、この付近では私たち以外の音がまだ聞こえない。少なくともこの一帯は安全みたいだよ?」
なるほど、これは便利だ。
さっきのマッピングと合わせれば、未知も既知の場所どちらも、敵がいるかどうかの判別がしやすくなっている。
そうして、Dr.ケミカの保証もあって俺達はズンズン進んでいき……
「……行き止まり? いや、道が埋まっているのかい?」
ユウカが目の前を見て、そう呟いた。
よく見ると道らしきものが見えるが、入り口が大きな瓦礫などで埋まっている。
「どうする? 迂回するか?」
「えー、今までのマッピングの構造から察するに、こう言う形状だとだいたいこの道の裏が奥地に近いと思うんだけど……迂回するの面倒ねえ」
俺がシルフィに相談すると、シルフィはマップを睨みながらそうぼやいていた。
するとショー君が元気よく声を出すが……
「じゃあ、俺のドラゴン達を沢山呼んで運んで貰おうぜ!!」
「いや、必要無いねえ」
「え? 白衣のねーちゃん?」
その提案を止めたのは、Dr.ケミカだった。
すると、Dr.ケミカは懐からさっきと別の試験管を取り出した。
「ふむ。一応“腕力強化”の薬を飲んでおこうかねえ」
そう言って、ゴクゴクとその薬を飲んでいく。
ぷはあっと声を出した後、すかさず懐から、今度は三角フラスコを取り出して両手に構え始めた。
「みんな、一応は慣れておくんだねえ」
「おい、何を……」
「なあに、薬品には危険な配合というものもあってね……」
そうして、両方の三角フラスコの蓋を取った後、片方のフラスコに全ての薬品を注ぎ込んだ。
そしてすかさず蓋をして……
「そおらッ!!」
全力で投げつけた!
それは研究職の女性の割には、驚くほどの速さと勢いで投合され、瓦礫の山にぶつかった!
そして、パリンと三角フラスコが割れ……
ドかあぁあァアアアアアアアンッ!!!
「ば、爆発したああああッ?!!」
「アーッハッハッハ!! こんなことも出来るのだよ!! 飲み薬だけが私の能だとは思わないことだねえ!!」
そう言って、両手を広げて自慢げに声を出して高笑いを上げていた。
爆発した箇所では、瓦礫がものの見事に吹っ飛び、道が出来上がっている。
「さて、これで道は出来たわけだ。さあ行こうじゃないか……ん?」
すると、瓦礫無くなった道の裏から……先ほど見たのと同じ猛獣達が現れた。
「げえっ!? さっきの獣と同じだぜ!?」
「ちょっと!? 数が多いわよ!?」
「シルフィ、さっきと同じように狙撃しまくるのは!?」
「こんなに数が多いと、一度には無理よ!?」
「これは……片付けるのは、少し大変そうだね」
ショー君とシルフィが驚く中、俺が確認を取るとシルフィが無理と判断。
そんな中、ユウカが冷静に状況を見渡していた。
ユウカがさりげなく前に出て、俺達を庇おうとし始める。
が、その前に……
「そうらッ」
Dr.ケミカが、また何かの薬を投げつけた。
それは獣の群れの中心にヒットして、フラスコが割れると同時に中の液体が霧状に霧散する。
そして……
「「「ギャオウ!? ぎゃおおおおおおうッ?!!」」」
「アッハッハ!! 目が染みるだろう、鼻が辛いだろう!? “動物除けの薬”さ、直接嗅いだら効き目抜群だねえ!!」
そうして、Dr.ケミカの高笑いが響く中、獣達が一斉に逃げ出していった。
「やれやれ、ちょっと油断してたねえ。もう少し注意深くしておくべきだったよ。これは反省だ」
「白衣のねーちゃん凄いな!? そんなに沢山色々な効果の薬を持っているのか!?」
「まあねえ。これくらいの薬が無いと、到底生き残れなかったからねえ」
Dr.ケミカは、よしよしとショー君の頭を撫で始めた。
ショー君はキラキラとした目でDr.ケミカを尊敬し始める。
「……ま、まあ。道は出来たんだし、先に進みましょう。ここからが折り返し地点よ」
そうして、俺達はさらにダンジョンの奥深くへ突き進んでいくのだった……