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第五十二話 何度も見る夢

「――!」  


 ふと気がつくと、目の前には背の高い男の人がいた。

 172センチの僕が見上げるほどだから、180センチは軽く超えているのかもしれない。


 しかも、その人の頭の上には、犬みたいな灰色の耳が生えている。耳だけじゃなくて、同じ色のモフモフしっぽまで。


 初対面のような気もするけど、よく知っているような気もする。彼の顔をじっくり見たら、顔だけモヤでもかかっているみたいで、はっきり分からなかった。


「――」  


 ケモ耳のついた彼はずっと僕に話しかけてくれていて、一生懸命何かを伝えようとしている。


 けれど、耳を澄ませてみても、彼に少しだけ近づいてみても、彼の声は全然聞こえない。


「ごめん。君の声、よく聞こえないんだ」


 ありのままに伝えたら、モフモフした灰色の耳としっぽがシュンと垂れ下がる。僕の言葉は聞こえてるのか……?


 表情も顔も全く分からないのに、彼が残念そうにしているのだけは伝わってきて、なんだか胸が痛む。


「君は誰?」

「僕は、――です」


 あ。今、少しだけ彼の声が聞こえた気がする。

 でも、やっぱり肝心なところが聞こえない。


 なぜか分からないけど、妙に引っかかる。

 きっと忘れたくない、忘れちゃいけないはずだった。

 それなのに、彼が誰なのか、名前も顔も分からない。


 ◇


 次の瞬間、アイボリーの天井が視界に入った。


「夢……?」


 ベッドの上で身体を起こし、辺りを見渡す。

 本棚、学習机、洋服タンス。当たり前だけど、十八年間暮らしてきた自分の部屋だ。


「懐かしい夢を見たな」


 寝起きでぼんやりしていた頭がだんだんはっきりしてきて、思わずひとりごとを言ってしまう。


 さっきまで見ていた夢。

 実は、小学生……いや、たぶんもっと前から、何度も何度も同じ夢を見ている。


 いつも犬みたいな耳としっぽが生えた男の人が出てきて、僕に何かを伝えようとしてくる。全然知らない人だし、ただの夢のはずなのに、何を言っているのかが全然分からないのが気になるんだよな。


 顔はいつもぼんやりしていて見えないものの、年はたぶん大学生ぐらい? 昔はだいぶ大人のお兄さんに感じていたけど、今は僕も彼の年齢にだいぶ近づいてるんだ。


 でも、ずいぶん久しぶりに彼の夢を見たな。


 中学生になってからはあの夢を見る回数がどんどん減っていって、高校生になる頃にはほとんど見なくなっていたのに。


「亜樹ー? 今日は卒業式なんじゃないの?」


 物思いにふけっていたら、部屋の外からお母さんの声が聞こえてきた。


 卒業式……?

 ――そうだ、今日高校の卒業式だった。夢なんて気にしてる場合じゃなかった。早く準備しないと。


 ベッドから降りて、タンスにかけてあった学生服に着替える。春からは大学生だから、これを着るのも今日で最後なんだ。

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