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第五十三話 彼氏は幼なじみ

「行ってきます」


 仕事に行く準備をしていたお母さんに声をかけてから、玄関を開ける。そうしたら、幼なじみの早川颯大はやかわそうだいが家の前で待っていた。


「よっ」


 僕に気がついたらしい颯大が手を軽く上げる。


 僕よりも短い黒髪、少し太めの眉、キリッとした雰囲気の顔立ち。三年の夏で引退するまではバスケ部のキャプテンをやっていた颯大は元々背が高かった上に、高校に入ってからもずっと身長が伸び続けていたから、僕と同じ学生服がだいぶ窮屈そうだ。

 颯大の隣に並ぶと、自分がいつもよりも小さく感じる。一応、僕も男子高校生の平均身長以上はあるんだけどな。


「行く?」


 颯大を見上げ、声をかける。そうしたら、颯大は無言で右手を差し出してきた。


 こんなところで手を繋ぐの? 

 思わず颯大の顔をマジマジと見てしまう。

 平然とした顔をしているのに、颯大の耳はわずかに赤くなっている。普段は男気があるのに、こういうとこ可愛いんだよな。


「同じ高校のやつらに手繋いでるの見られたらからかわれるって言ってたの、颯大じゃなかった?」

「どうせ今日で卒業だから」


 少しだけ迷ったけど、結局彼の手を握った。


「高校最後の日だし、いいか」


 手を繋いでから、駅に向かって歩き始める。


 知り合いにバッタリ会うかもしれない近所で手を繋ぐのは落ち着かないけど、どのみち僕と颯大の関係はみんな知っている。だから、今さら気にすることじゃないか。


 颯大は幼なじみで、――僕の彼氏だ。


「今日、いつもより遅かったな」


 繋いだ手がなんとなく気になってソワソワしていたら、颯大が話しかけてきた。


「遅くなってごめん」

「全然。寝坊でもした?」

「そんな感じ。また例の夢見ちゃってさ」


 僕がそう言った瞬間。

 颯大が一瞬だけ足をピタリと止めた。


「それって、ケモ耳の生えた男が出てくるやつ?」


 言ってから、颯大はまた足を進める。


「そう。ほんと何なんだろ。こう何度も見ると、何かあるのかなって気になってくるよ」

「何かって?」

「いや、分からないけど」

「前世の恋人とか?」

「前世、ね。全然記憶ないけどな」

「それか、運命の番とか」

「え」


 驚いて、颯大の顔をバッと見た。そうしたら、颯大はスッと視線を逸らしてしまう。颯大の横顔は、なんとなく面白くなさそうな、不安そうな感じに見える。


 小学校に入る前からずっと一緒にいる颯大には、もちろんケモ耳の男の夢のことも話していた。けど、この話をすると颯大の機嫌が決まって悪くなるんだよな。いつもは滅多に怒ったりしないのに。


「僕の運命の番は颯大じゃないの?」

「まだ番にもなってない」

「でも、そう言って、中三の時に告白してくれただろ」


 颯大は少しだけ僕の方を見てくれたけど、すぐにまた視線を逸らされてしまった。


 颯大はαで、僕はΩ。

 それがハッキリしたのは、中学生になってしばらくしてからだった。Ωが軽視されていた僕たちの親の時代とは違って、今は全然そんなこともないし、良い薬だってあるから、αもΩも発情期に振り回されることもない。


 それでも、運命的なαとΩの関係には憧れている人も多いし、僕もその一人だった。何気なく颯大とそんな話になった時に、急に颯大から告白された。『俺が亜樹の運命の番になりたい』って。


 運命の番ってなるものじゃなくて、最初から決められてるものじゃないかな。一瞬そう思ったけど、でも颯大らしいなって感じたよ。


「亜樹を他のやつに取られたくなかったんだ」


 罰の悪そうな顔をして、颯大が僕の手を少し強く握る。


 告白の時の颯大も、ちょうど今みたいな感じの言葉と表情だった。ちょっと思い出してしまって、僕まで恥ずかしさが込み上げてくる。


 運命、番。憧れてただけで、具体的に誰かとどうこうなりたいって思っていたわけじゃなかった。


 自分の気持ちが恋愛感情なのかどうかは正直よく分かってないけど、颯大のことは好きだ。

 だから、告白を断る選択肢なんてなかった。


 だって、颯大はいいやつだし、一緒にいて楽しいし。

 お母さんもお父さんも颯大を気に入ってるし、周りからも『颯大が彼氏なんていいなぁ』っていつもうらやましがられる。


 大学も同じところに行くし、このまま順調にいったら、そのうち颯大と結婚して、番になるはず。お母さんたちからもそう望まれてるし、僕だってそうなったらいいなと思ってる。


 いるのかいないのかも分からないや前世の恋人よりも、颯大の方がずっと大事だから。


「でも、正直亜樹の運命は別にいるんじゃないかってたまに心配になる」

「颯大と付き合ってるのに?」

「付き合ってても、運命の番が現れたら、そっちにいきたくなるって言うだろ。ただでさえ亜樹は綺麗だし、優しいし、いつも心配で……」


 少し重い表情で話していた颯大は、途中で言葉を止めてしまった。それきり口をつぐんでしまって、いくら待っても続きを聞けそうにはない。


「……ヤキモチ?」


 急に口数が少なくなってしまった颯大の顔色を窺う。


「悪いかよ」


 僕の顔をチラッと見た颯大は、やっぱり罰の悪そうな、でも照れ臭そうな顔をしていた。付き合ってても普段は友達みたいな関係なのに、颯大って本当に僕のこと好きなんだなってこういう時に改めて感じてしまう。


「悪くはないけど、心配する必要なんてないのに。僕の彼氏は颯大だよ」

「それは分かってる」

「もしも前世で誰か他の人と付き合ってたとしても、関係ないから」


 そう、前世なんて関係ないはずなのに。ずっと何か大切なことを忘れているような気がして、あの夢を見た後はいつも落ち着かない。気にする必要なんてないのにな。

 あれは、ただの夢。気にしない。大切なのは、今だ。自分に言い聞かせるようにして、僕は言った。


「俺も。同じ気持ちだよ」


 颯大が真剣な表情で僕を見つめる。


「明日、遊びに行こう」

「久しぶりだな」


 笑顔で返したら、颯大も同じような顔を見せてくれた。


 三年生になってからは受験勉強であまり遊びに行けなかったから、楽しみだ。夢なんてさっさと忘れて、現実を楽しまないとな。

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