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第五十六話 上京と再会

 卒業式が終わって数日後。僕と颯大は地元の駅から新幹線に乗り、三時間かけて東京に着いた。


 最初から家具が付いているタイプのアパートを契約したから、荷物はバックパックに詰められるぐらいに最小限におさめた。あとは、東京で少しずつ買い揃えるつもり。


「すぐに家行く?」

「そうだな。まずは荷物置いてから、」


 駅を歩きながら話していたら、颯大はふと足を止めた。

 そして、ある一点を不審そうな目でにらんでいる。


「颯大? どうかした?」

「いや、こっちを凝視してるやつがいるから」

「え?」


 颯大の視線の先をたどる。

 すると、そう遠くはない距離から、本当に僕たちをじっと見ている男の人がいた。

 颯大を見てる? いや、……違うな。僕を見てる。


 Tシャツに薄手のジャケットを羽織った彼は、手足が長く、180は軽く超えていそうな長身。少し癖のあるふわふわした髪は、瞳よりも明るめの茶色。形の良い茶色の瞳は、信じられないものでも見たかのように大きく見開かれている。


 じっくり見ても、全く知らない人だ。

 だけど、どこかで見たことがあるような。

 赤の他人のはずなのに、僕は彼を知っている気がする。


「亜樹の知ってるやつ?」


 彼と見つめ合ったまま、しばらく考え込んでいた。

 颯大に小声で囁かれ、小さく首を横に振る。


「違うと思うけど……」


 はっきり違うとも言えなくて、曖昧に言葉を濁す。


 知り合い、なのかな。

 どこかで会ってる?

 どうにか思い出そうと記憶を辿っても、全く出てこない。……うん、やっぱり他人だな。


 僕の中で結論が出たのとほぼ同時に、彼の口が開いた。


「亜樹……先輩……」

「は? 何で名前知って、」


 それに、先輩って何?

 全く覚えがないけど、高校か中学の後輩なのか?

 でも、それだったら、颯大も知ってるはずだよな。


「会いたかった」

「え、うわっ」


 癖っ毛の彼がいきなり抱きしめてきて、避ける暇もなかった。


「ちょっと……」


 抵抗しても、力が強くて抜け出せない。

 それどころか、もがけばもがくほどにぎゅーっと強く抱きしめてきた。彼の大きな身体にすっぽり包まれて、良い匂いがふわりと漂ってくる。


 香水……?

 いや、ちょっと違う気がするな。

 香水よりも、もっと自然な香り。

 あえて言うなら、体臭?


 こんがり焼けたパンみたいな、アーモンドみたいな甘くて良い香り。Ω差別や発情期による事故を防ぐため、αとΩは大抵体臭が薄くなる薬を使ってるし、それ以外でこんな甘い匂いの体臭の人なんていないんだろうけど。それでも、そうとしか言いようがない。


 初めて嗅ぐはずなのに、僕はこの匂いをよく知っているような……。妙に落ち着く匂いで、僕は抵抗するのもすっかり忘れてしまっていた。

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