卒業式が終わって数日後。僕と颯大は地元の駅から新幹線に乗り、三時間かけて東京に着いた。
最初から家具が付いているタイプのアパートを契約したから、荷物はバックパックに詰められるぐらいに最小限におさめた。あとは、東京で少しずつ買い揃えるつもり。
「すぐに家行く?」
「そうだな。まずは荷物置いてから、」
駅を歩きながら話していたら、颯大はふと足を止めた。
そして、ある一点を不審そうな目でにらんでいる。
「颯大? どうかした?」
「いや、こっちを凝視してるやつがいるから」
「え?」
颯大の視線の先をたどる。
すると、そう遠くはない距離から、本当に僕たちをじっと見ている男の人がいた。
颯大を見てる? いや、……違うな。僕を見てる。
Tシャツに薄手のジャケットを羽織った彼は、手足が長く、180は軽く超えていそうな長身。少し癖のあるふわふわした髪は、瞳よりも明るめの茶色。形の良い茶色の瞳は、信じられないものでも見たかのように大きく見開かれている。
じっくり見ても、全く知らない人だ。
だけど、どこかで見たことがあるような。
赤の他人のはずなのに、僕は彼を知っている気がする。
「亜樹の知ってるやつ?」
彼と見つめ合ったまま、しばらく考え込んでいた。
颯大に小声で囁かれ、小さく首を横に振る。
「違うと思うけど……」
はっきり違うとも言えなくて、曖昧に言葉を濁す。
知り合い、なのかな。
どこかで会ってる?
どうにか思い出そうと記憶を辿っても、全く出てこない。……うん、やっぱり他人だな。
僕の中で結論が出たのとほぼ同時に、彼の口が開いた。
「亜樹……先輩……」
「は? 何で名前知って、」
それに、先輩って何?
全く覚えがないけど、高校か中学の後輩なのか?
でも、それだったら、颯大も知ってるはずだよな。
「会いたかった」
「え、うわっ」
癖っ毛の彼がいきなり抱きしめてきて、避ける暇もなかった。
「ちょっと……」
抵抗しても、力が強くて抜け出せない。
それどころか、もがけばもがくほどにぎゅーっと強く抱きしめてきた。彼の大きな身体にすっぽり包まれて、良い匂いがふわりと漂ってくる。
香水……?
いや、ちょっと違う気がするな。
香水よりも、もっと自然な香り。
あえて言うなら、体臭?
こんがり焼けたパンみたいな、アーモンドみたいな甘くて良い香り。Ω差別や発情期による事故を防ぐため、αとΩは大抵体臭が薄くなる薬を使ってるし、それ以外でこんな甘い匂いの体臭の人なんていないんだろうけど。それでも、そうとしか言いようがない。
初めて嗅ぐはずなのに、僕はこの匂いをよく知っているような……。妙に落ち着く匂いで、僕は抵抗するのもすっかり忘れてしまっていた。