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第六十話 気まずい朝

「あの、さ。昨日は、」


 言いかけて、僕はそこで口をつぐむ。


 昨日はごめん、って言うのも、何か違うような……。

 だったら、昨日のことは完全スルーして、別の話題を振るか? それもなんかな……。


 昨日のことに触れた方が良いのか、触れない方が良いのか。


 中途半端に上半身だけ起こした状態のまま、何も言えずに固まってしまう。颯大も同じような状態だったけど、しばらくして、軽く頭を下げた。


「昨日はごめん」


 謝る必要なんてないよ。僕もごめん。すぐに僕も言葉を返そうと思ったのに。顔を上げた颯大があまりにも真剣な表情を浮かべていて、僕は何も言えなかった。


「亜樹の気持ちも無視して、焦りすぎてた」

「そんなことないよ、僕の方こそごめん」


 颯大とは高校に入る前から付き合ってるし、もうそろそろキス以上の関係に進めてもいい頃だと思う。むしろ遅すぎるぐらいかもしれない。


 そう、だよな。

 昨夜は何で抵抗を感じたのか分からないけど、関係を進める方が自然なんだ。


「もし颯大が今よりも関係を進めたいなら、僕は……」


 いいよ、と言う前に、僕の右手の上に颯大の手が重なった。小さく首を横に振ってから、颯大は口を開く。


「無理しなくていい」

「無理してなんか……」

「亜樹とはずっと一緒なんだから、焦る必要なんかないんだ。俺たちのペースで、ゆっくり進めよう」


 颯大の声と僕を見つめる目があまりにも優しかったから、昨夜その気持ちに応えられなかったのがますます申し訳なくなる。だけど、すぐに関係を進めなくてもいいと言われて、少しホッとしてしまった。


「………うん」


 なんとなく颯大と視線を合わせられなくて、伏し目がちに頷く。


「それよりも、何か食べに行かない?」


 明らかに食事の話なんてする空気でもなかったのに、ふいに颯大はそんなことを切り出した。


「え?」


 颯大はベッドから起き上がり、机の方に歩いて行く。


「もうすぐ十二時だ」


 颯大は机の上に置いてあった携帯端末を操作しながら、つぶやく。


「もうそんな時間なんだ」


 僕たち、二人して昼まで寝てたのか。


 昨日あれから色々考えてて、なかなか寝付けなかったんだよな。結局何時に寝たのか分からないけど、明け方近くまで起きてた気がする。もしかしたら、颯大も同じだったのかな。


「さすがに腹減った」


 お腹をさすりながら、颯大はそう言った。


「そうだな。じゃあ、行こうか」


 食材も買えてないから冷蔵庫の中身も空だし、今から買い出しに行くのも相当遅くなりそうだ。


 颯大に同意してから、僕も立ち上がる。

 昨日置きっぱなしにしていたリュックからタオルと着替えを取り出し、洗面台に持っていく。


「駅の近くにうまそうなラーメン屋あったから、そこにしよう」


 リビングで何かをしていた颯大が声を張り上げる。


「新生活初のランチがラーメン?」


 タオルで顔を拭きながら、僕も言葉を返す。


「明日から節約しないといけないし、今日は豪勢に行こう」

「豪勢なランチがラーメンなんだ」

「貧乏学生の俺たちには贅沢過ぎるぐらいだよ」

「たしかにな」


 どうでもいいことをダラダラ話しつつ、出かける準備をする。話しているうちにいつもみたいな空気に戻っていて、昨夜から続いていた気まずさもすっかりなくなっていた。


 やっぱり颯大とは、今みたいに気楽な会話ができる関係でいたい。

 僕と颯大には、恋人同士みたいな甘い雰囲気はまだまだ早いみたいだ。いずれは、僕たちも先に進む時が来るんだと思う。だけど、もう少しだけこのままでもいいよな。

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