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第 六十一話 会いたくなかった男

 東京に来てから一週間が過ぎ、ついに入学式の日を迎えた。一時間ほどの式典を終えてから、教科書を購入したり、学部ごとの説明会を受けたりしていたら、あっという間に昼の時間に。


 大学の敷地内にはたくさん桜が咲いていて、満開の桜の木の下で『登山部』とか『バトミントンサークル』とか色々な部活やサークルが新入生の勧誘をしていた。


 颯大と待ち合わせをして学食に行こうとしていたら、僕たちも上級生らしき人たちからサークルのチラシをたくさんもらってしまう。


「颯大はまたバスケやるの?」


 チラシに目を通しつつ、颯大に話を振る。


「バイトもあるからな。ゆるめの愛好会ぐらいなら入ってもいいかも」

「それがいいな」


 学費は親に払ってもらっているけど、うちも颯大のところも特別裕福なわけじゃない。こっちでの家賃生活費は自分で稼がないといけなくて、颯大は焼肉屋、僕はコンビニのバイトをすでに始めている。

 二人だから家賃生活費は折半できるとはいえ、練習量の多そうな部活に入るのはさすがに厳しそうだ。


「亜樹は?」

「いいところがあれば」


 聞き返され、そう返す。

 高校でも部活は入ってなかったし、サークルにしても良さそうなところがあればって感じだな。


 そんな話をしながら学食に続く階段を登っていたら、たくさんの人が集まっていた。

 一年生全員ここに集まってるんじゃないかってくらい。そうじゃなくても、サークル勧誘のために上級生も来てるんだろうし、混むのも無理はないか。


「時間かかりそうだな」


 前が見えないくらい長い列を見て、苦笑いをこぼす。

 今日だけかもしれないけど、いつもこんなに混んでるんだったら、昼の時間は一回アパートに帰って食べるのもアリだな。それか、おにぎりでも作ってきて、外で食べるか。


「俺、適当に買ってくるよ。席とっておいて」

「分かった」


 颯大が食事を買いに行ってくれるらしいので、空いている席を探す。


 うーん……、中々空いてないな。

 席はすでにほとんど埋まっていて、二人で座れそうなところがない。どこか空かないかなと思いながら、奥の方まで探しに行く。


 あ、あそこちょうど二つ空いてるかも。

 バンドでもやってそうな派手な赤髪の男の人の隣。


「隣いいですか?」


 無言で座ってもいいかもしれないけど、一応声をかけておく。


「いいっすよ」


 軽くオッケーしてくれた赤髪の男の人がこちらを振り向いた。


「……っ、あーー!!」


 その瞬間に彼はガタッと立ち上がり、僕を指差した。

 後ろから見ても前から見てもいかにもチャラそうな彼は、僕を上から下までジロジロ見ている。


「な、何……?」

「知り合いかと思ったら、全然違った」

「なんだそれ」


 ビビって損した。


 赤髪が椅子に座ったので、僕も隣に座らせてもらう。

 少ししてから、彼はもう一度こちらに視線を向けた。


「いや、待てよ? やっぱり知ってるかも」


 赤髪の男は僕の肩を掴み、キスでも出来そうなぐらいに顔を近づけてくる。


「近い近い。近すぎるって」


 さすがに気まずくて視線を背けてみても、男が顔を覗きこんでくるので、全然距離が縮まらない。なんなんだ、この人。


「どっかで会ってるはずなんだよなー。どこだっけなぁ。うーん……、覚えてない?」

「君みたいな知り合いなんて、僕には……、あれ?」


 『いない』とはっきり言おうと彼の顔を見て、言葉を引っ込める。


 顔立ちは整っているのに、ニヤけた口元。

 いかにもなチャラい雰囲気、ジャラジャラつけたシルバーのネックレス。


 全然思い出せないのに、ものすごく既視感がある。

 なんだろう。まさか、この人まで前世の恋人とか言い出したりしないよな?


 向こうから言ってくるだけなら、『ただの頭のおかしい人たち』で済ませられるのに。僕の方も微妙に既視感を覚えてるのが厄介なんだよな。


 でも、夢に出てくるケモ耳の彼やこの前の波留とかいう人とは全く違う。この派手な赤髪を見ていると、なぜかすごくイライラする。


 恋人じゃなくて、仇か何かなのかも。


「まあ、これも何かの縁だし、仲良くしようぜ。俺、本郷玲人ほんごうれいと


 玲人――名前を聞いた瞬間、ゾワゾワっとした。

 うん、間違いない。やっぱりこいつは敵だ。


「悪いけど、遠慮しとく。僕の本能がお前には近寄っちゃいけないって言ってる」

「本能!? しかも、いきなりお前呼ばわりかよ」


 いちいちオーバーリアクションなのも腹が立つ。

 まだ会ったばかりだし、特に何かされたわけでもないのに、僕はこいつとは馬が合わないみたいだ。十八年間生きてきて、ここまでイライラする男に会ったのも初めてかもしれない。


「お待たせ、亜樹。お、早速友達できたんだ」


 そんな言葉と共に、定食がのったトレーが机の上に二つ置かれた。振り向くと、颯大が嬉しそうな顔をしている。


「全然、赤の他人だよ。別の席探そうと思ってたとこ」


 こいつと友達だと思われるなんて心外だ。

 顔をしかめ、立ちあがろうとする。


「なんでだよ。今から探しても空いてるとこないって。アンタも座れよ」


 赤髪が呼びかけ、颯大もあっさり座ってしまう。


 周りを見渡してみると、やはりさっきと同じように席は全部埋まっているし、当分空きそうにもない。……不本意だけど、今日はここで食べるしかなさそうだ。


「アンタはこっちの――、名前なんだっけ」


 言葉の途中で、赤髪が僕の方を見てきた。

 明らかに僕に話しかけていることには気づいていたけれど、答えたくなかったので無視する。


「そっちが百瀬亜樹、俺は早川颯大。亜樹の彼氏」


 それなのに、颯大が勝手に人の紹介までしてしまった。


「へぇ、いいじゃん。俺は玲人でいいよ。よろしくー、颯大」

「よろしくな、玲人」


 フランクに名前を呼び合った二人は、ご飯を食べながらも大学の話で盛り上がっていた。僕は文学部だけど、颯大と玲人は経済学部で学部も同じらしい。


 時々二人に話を振られて僕も会話に入りつつも、基本的には聞き専をしていた。今日会ったばっかりなのに、二人ともコミュ力高すぎだろ。


 ◇


「そろそろ帰ろう、颯大。バイトの準備しないと」


 とっくに食べ終わっているのにいつまでも話している二人にしびれを切らし、トレーを持って立ち上がる。


「玲人と連絡先交換するから、少し待って」


 颯大は帰り支度をしつつも、携帯端末を取り出す。


 そんなやつと連絡先交換するなよと言いたかったけど、さすがに颯大の交友関係にまで口出したくなかったから、少し離れたところで待っていることにした。


「お待たせ」


 連絡先交換が終わったらしい颯大がこちらに近づいてきたので、歩き出す。玲人が手を振っているのが見えたけど、もちろん無視だ。


「亜樹の連絡先も教えておいたけど、良かったよな?」


 歩きながら、颯大はサラッと衝撃の事実を告げた。


「は? 良くない」


 颯大だけだったら自由にしたらいいけど、なんで僕まで。玲人と電話したり遊んだりなんて、絶対に嫌なんだけど。


「なんでだよ。亜樹も玲人が気に入ったんだろ?」

「全然」

「玲人、いいやつそうだったし」

「どこら辺が?」

「人見知りの亜樹が初対面の人とあんなに話すなんてめずらしいじゃん」

「あいつにばっかり言わせっぱなしなのは、癪に触るから」


 初対面の人にこんな言い方は失礼なのも分かってるし、玲人は何も悪いことはしてない。でも、なぜかあいつに気を許したら終わりな気がするんだ。


「やっぱり玲人が好きなんだ」


 どういう風に捉えたらそんな結論になるのか分からないけど、颯大がやたら嬉しそうにしていたから、それ以上言い返すのはやめておいた。

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