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第十八章 気になる人

第六十三話 偶然が重なる

 四月最後の週の火曜日。毎週火曜日は、一限と三限の間がまるまる空いてしまう。家に帰っても良いかもしれないけど、ちょうど借りたい本もあったし、空き時間に図書館に行くことに。


 目当ての本だけ借りて、図書館の中庭に向かう。

 少し早いけど、今のうちに弁当でも食べておこうかな。


 一番近くにあったベンチに座り、カバンを置く。


「こんにちは」


 弁当を取り出そうとカバンを探っていたら声をかけられ、上を向く。すると、そこにいたのは苦笑を浮かべた波留さんだった。


「こん、にちは」


 すぐに視線をそらし、ぎこちなく返事をする。

 波留さんはここの大学で働いてるんだから、バッタリ会うこともあるよな。


 さすがに気まずいし、早くどこか行ってくれないかな。

 失礼にもそんなことを思っていたのに、波留さんが去る気配はない。


「友達になるのは断られちゃいましたが、偶然会った時に挨拶するのは良いですよね?」

「まぁ……挨拶ぐらいなら……」


 少しためらってから、ボソボソと言葉を返す。

 友達になるのは無理でも、もう顔はお互い知ってしまっているし、偶然会った時に無視するのも感じ悪いよな。


「よかった」


 ホッとしたように息を吐き、波留さんは僕の隣に座ろうとした。


「え……ちょ……」


 挨拶は良いと言ったけど、さすがに隣に座るのはちょっと……。止めようとしたのに、波留さんは僕の隣に腰を下ろしてしまった。


「空いてるところがココしかないので、すみません」


 そう言われて見渡してみたら、少し離れたところにあるベンチはもう全部埋まっている。


「……どうぞ」


 他の場所に行けって言うのも可哀想だし、そもそも中庭のベンチは誰が使っても自由だ。複雑な気持ちになりながらも、ベンチの端に寄り、わずかながらに波留さんから距離をとる。


 たまたまバッタリ会って、空いてるところが他になかったから、隣に座っただけ。過剰に波留さんを避けるのも意識し過ぎてるみたいで恥ずかしいし、気にしないことにしよう。自分に言い聞かせ、カバンから弁当を取り出す。


 弁当とはいっても、おにぎりを作ってきただけだ。


「おにぎりだけですか?」


 サランラップに包んだおにぎりをチラリと見て、波留さんはそう言った。


「朝は時間がないので」

「夜のうちに作っておけばいいのに」

「夜は夜で、バイトや課題で忙しいんです」

「なるほど。おにぎりの中身も市販のふりかけなんですよね」

「な、何でそんなこと分かるんですか」


 図星をさされ、ギクリとする。


「分かりますよ」

「え?」


 波留さんの方に視線を向けたら、彼も弁当箱を広げていた。中身は、サンドイッチやアスパラの肉巻きとポテトサラダとか色々入っている。


 働いている波留さんはちゃんとしてるのに、自分の手抜きが恥ずかしくなってくるな。


「それ、自分で作ってるんですか?」

「はい。一つどうですか?」


 波留さんはアスパラを箸で掴み、僕の口の中に突っ込む。


「むぐ」


 まさか吐き出すわけにもいかず、仕方なくもぐもぐと咀嚼する。


「ん」


 口の中に懐かしい味が広がり、思わず目を見開く。

 お母さんやお父さんに作ってもらったものとも違うのに、よく知っている気がする。


 どこで食べたんだったかな。

 思い出そうとしても思い出せなくて、なんだか気持ちが悪い。


 そのまま考え込みたかったけど、目の前には波留さんが少し緊張した面持ちで、たぶん弁当の味の感想を待っていた。どこで食べたのかを思い出そうとするのを諦め、感想を率直に伝える。


「おいしいです」


 伝えた直後、波留さんの顔に笑みが広がる。

 やっぱり分かりやすいんだよな。


「よかったら、今度亜樹さんにも作ってきますよ」

「え。ほんとに」


 いいんですか、と言おうとして、すんでのところで言葉を引っ込める。友達になるのを断ったはずなのに、また会う約束をしてどうするんだ。


 了承したわけでもないのに、波留さんはニコニコしている。


 グイグイくるな、この人。

 普段の僕だったら、よく知らない人からこんな風に絡まれたらうんざりしてただろうに。


 でも、不思議と嫌な気分にはならないんだよな。

 会ったばかりなのに、一緒にいてすごくしっくりくるというか、なぜか居心地が良い。


 嬉しそうにしている波留さんが、夢の中のケモ耳の男の人と重なる。なんだかどうしようもなく可愛く思えてきて、彼の頭に手を伸ばす。


「亜樹!」


 後ろから聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、慌てて手を引っ込める。振り向くと、颯大がこちらに走ってきていた。


「颯大。授業は?」

「休講になった」


 答えながら、颯大は波留さんをにらむ。


「それより、何でこんなストーカーと一緒にいるんだよ」


 颯大は波留さんと僕の間に無理矢理入り、そこに腰を下ろした。


「ストーカーなんて失礼だろ。偶然会っただけだよ」

「今度一緒にごはん食べる約束したんです」


 何を思ったのか、波留さんはいきなりそんなことを言い出した。


「は?」


 颯大は顔をしかめ、責めるような目で僕と波留さんを交互に見る。


「してないから」


 颯大にきっぱりと否定してから、波留さんに視線を向ける。


「誤解を招くようなこと言わないでください」

「オレが作ったお弁当、おいしいって言ってくれたじゃないですか」

「それは……」


 それを言われると、否定はできない。

 たしかにおいしかったし、また食べたいなとは思ってしまった。


「亜樹?」


 颯大から訝しげな目で見られ、視線を泳がせる。


「おにぎりだけだったら栄養が偏りそうで、心配です。亜樹さんにおいしいごはんを食べさせてあげたい」


 僕が何の言い訳もできないでいるうちに、波留さんが颯大を煽るようなことを言う。あー……、そんなこと言ったら……。


「アンタが食べさせなくても、亜樹には俺が食べさせるから」

「作れるんですか?」


 ……こうなるよな。

 波留さんの言葉に颯大が言い返し、言い合いが始まってしまった。


「二人とも、もう少し静かに食べない?」


 一応止めてみたけど、二人とも全然聞いてない。


「幼なじみで恋人の俺の方が、他人のアンタよりも亜樹のことはよく知ってるんだよ」

「でも、オレの作ったお弁当の方が亜樹さんの好みだったみたいですね」

「そのぐらい、俺だって作れるから」

「それなら、作ってきてくれませんか?」

「おー、分かった! 絶対にアンタには勝つ」


 何の争いなんだ、これは。

 三限が始まるまでは本でも読んでゆっくり過ごす予定だったのに、どうしてこんなことに……。




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