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第六十四話 前世の呪い

 波留さんに会ってからというのも、毎日のようにケモ耳の男の人の夢は見るし、颯大の様子もおかしくて、気がかりなことばかりだ。


 大教室の一番後ろで講義に出ているものの、さっきから全く集中できていない。


「ため息ばっかりついてどうした? 彼氏とケンカか?」


 ついには、隣で一緒に授業を受けていた玲人からも心配されてしまった。学部は違うが、週一でこの授業だけは玲人と被っている。


 当たり前だけど、僕はすすんで玲人と一緒に授業を受けたいわけじゃない。


 最悪なことに玲人からは友達認識されていて、いつも勝手に隣に座ってくるし、大学生にもなって騒ぐのも恥ずかしいから放置してるだけだ。


「波留さんと颯大なんだけど、もう少しどうにかならないかなと思って」


 玲人なんかに悩みを打ち明けるなんて、僕も相当ヤキが回ったらしい。一人で抱え込むのがしんどくなり、つい溢してしまった。


「もしかして弁当のやつ、まだやってんの?」


 玲人に聞かれて、『うん』と頷く。


 颯大はこれまで料理なんかしたことがなかったのに、波留さんに『オレのお弁当の方が亜樹さんの好みだった』と言われたのがよほど癪に障ったらしい。毎日のように波留さんに弁当を作っていって、彼に勝負を挑んでいる。


 ダメ出しをされては怒って帰ってくるくせに、また次の日の朝には早起きして、弁当を作っている。

 僕には波留さんと会うなと言うくせに、自分は連絡先まで交換してるみたいだし。


「颯大も負けず嫌いだからな」


 ため息混じりにつぶやく。


「そこが颯大の良いところでもあるじゃん?」

「うーん……。でもさ、颯大にしても波留さんにしても他の人には親切なのに、何であんな喧嘩腰になるのかなって」

「それは仕方ないだろ。颯大も波留も、亜樹が好きなんだから」


 玲人がニヤニヤしながら言ってきたので、ムッとして目を細める。


「波留さんとは会ったばかりなのに、それはない」

「いつ会ったのかなんて関係ないって」


 バッサリと切られ、言葉を失ってしまう。


 たしかに出会ってすぐに好きになることもあるかもしれないけど……。でも、波留さんとは年も離れてるし、学生の僕に本気になることなんてないはすだ。


 初めて会った時に前世の恋人がどうとか言ってたけど、あれは人違いだって言ってたし………。


「つーかさ、波留とはどこかで会ってるような気がするんだよな。向こうもそんな感じで接してくるし」

「それ、みんなに言ってない? 僕にも同じようなこと言ってただろ」


 玲人がどこまで本気で話してるのか分からず、ハァとため息をつく。


「いや、ガチで。亜樹と波留とは、前世で会ってんのかもなぁ」


 波留さんといい玲人といい、前世前世って一体何なんだ。特に玲人なんて、前世を信じるようなタイプには見えないのに。


「お前は、前世とかって信じるの?」

「ここだけの話、それで悩んでるんだよね。亜樹、俺が前世で何したのか知らない?」

「知ってるわけないだろ、そんなの」


 またバカにしてるのかと思って、玲人の方を見た。

 そうしたら、玲人はいつものニヤけ顔じゃなくて、真面目な表情を浮かべていた。


「俺、呪われてると思うんだ」


 声をひそめ、玲人はそう言った。


「は?」

「よっぽど業の多い前世を送ってきたんだろうな」


 前世じゃなくても、今世でも業なら普通の人よりもだいぶ多そうだ。とは思ったけど、いちいち突っ込んでいると話が進まないので、黙って玲人の言葉の続きを待つ。


「今の俺からは信じられないだろうけど、こう見えて惚れっぽくて」

「どこからどう見ても、チャラく見えるよ」

「それで、中高の時はけっこう付き合ったり別れたりしてたんだけど、もうやめようって誓ったんだ」


 冗談を言っているという様子でもなく、玲人は大真面目に言った。


 そういえば大学に入ってもう一ヶ月以上経つけど、玲人の浮いた噂は一度も聞いたことないな。大学の外に彼氏か彼女がいるのかと思ってたのに、本当にいないのか?


「何かあったの?」

「誰かと別れるとさ、必ず不幸に見舞われるんだよ」


 玲人は声を落とし、ため息をつく。

 いよいよ重い話になりそうで、僕はゴクリとツバをのむ。


「たとえば?」

「別れた翌日に側溝の中に百円落としたり、テストの時に公式をド忘れして思い出せなかったり」

「それ、偶然じゃないの?」


 どんな深刻な話が来てもいいように、心の準備をしてたのに。僕の覚悟を返せ。


 不幸に見舞われるなんて大げさに言うから、もっととんでもない過酷な事件かと思ったのに。言っちゃ悪いけど、そんなどうでもいいことを不幸なんて言われてもな……。


「テストの時に公式が思い出せなかったって、勉強が足りてないだけだろ」

「その日はめずらしく勉強したのに、テストに出た公式だけ思い出せなかったんだよ。確実にだ」


 玲人はそう言って、わざとらしく身を震わせた。


「大変だな」


 面倒くさくなったので、適当に返事をしておく。


 頬杖をつき、前を見る。教授は何かを説明していたけど、ほとんど話を聞いていなかったから、もう今日はついていけそうにない。


「だからさ、次に付き合う人が最後の恋にしようと思ってる」

「別れたら、呪われるからな」

「昔の俺だったら亜樹みたいな綺麗な子を口説いてたとこだったんだけど、それで呪われてきたからさ、真逆にいこうと思うんだよ」

「いいんじゃない?」

「で、実は、好きな人できたっぽくて」


 それまで適当に聞いていたけど、ちょっと興味が湧いてきた。完全に異次元生物の玲人が最後の恋と決めたのがどんな人なのか、やっぱり気になるよな。


「僕も知ってる人?」 


 僕と真逆と言うと、スポーツが出来る人とか、アウトドア派かな。大学の人だったら分かるかもしれないけど、そうじゃなかったら知らないだろうな。


 色々予想しつつ、玲人の答えを待つ。


「知ってるも何も、亜樹の彼氏だからな」


 悪びれることもなく、玲人はケロリと言ってしまった。


「おま……っ、バカじゃないの!?」


 予想外どころじゃない答えが返ってきて、つい声が大きくなってしまう。耳の遠い教授にはバレていないようだが、一つ前の席の人たちからはにらまれてしまった。


「ごめんなさい」


 小声で謝ってから、さらに声のボリュームを絞り、玲人と話を続ける。


「普通、友達に直球で言わないだろ」


 そもそも玲人と友達なんて言うのも、おぞましい。

 だけど、そこの前提に時間をかけていたら話が進まないから、ひとまず友達と仮定するとして。


「仮に友達の彼氏を好きになったとしても、そういうのは黙っておくものなんだよ」

「いやー、でもさ、それって友達にも好きな人にも失礼だし、卑怯だろ? 俺、そういうの嫌いなんだよな」


 うーん……。

 たしかに、コソコソ浮気してたり、友達の彼氏を寝取ろうと裏で画策してたりするやつよりは、よっぽど潔い……か?


 はぁ……、玲人と話してると頭が痛くなってくるな。


「颯大は僕の彼氏だから、諦めて」


 とにかくこれだけは言っておかないとと思い、釘を刺しておく。


「別れるかもしれないじゃん?」

「呪われろ」

「ひでぇ」


 玲人と前世で会っているかはひとまず置いておくとして、こいつの前世は間違いなく呪われてもおかしくないような生き方をしてきたに違いない。というよりも、今世だけで呪われてそうだ。


 呪いの言葉を吐いたにも関わらず、玲人はまだ懲りずに話しかけてくる。


「亜樹には、颯大よりも波留の方が似合ってるんじゃね?」

「自分が颯大と付き合いたいだけだろ」

「バレたか。なぁ、颯大って何をあげたら喜んでくれると思う?」


 マジか、こいつ。

 好きな人の情報をその彼氏に聞いて、教えてもらえると思ってるのか。


 怒りを通り越して呆れてしまって、もう返す言葉もない。


「授業に集中するから、話しかけないで」


 それからも玲人は色々話しかけてきたものの、聞いてもいない授業に集中しているフリをして、チャイムがなるまでヤツを徹底的に無視した。


 玲人と颯大がどうにかなるなんて心配さえしてないけど、颯大には玲人と距離を置くように言っておかないとな。玲人の近くにいたら、こっちまで呪われそうだ。

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