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第六十五話 弁当勝負

「亜樹、食べてみて」

「オレのも食べてください」


 颯大と波留さんから同時に弁当を突きつけられ、思わず二人の顔を交互に見てしまう。


 昼休み。唐突に大学の中庭に呼び出されたと思ったら、『弁当を食べ比べて、どっちがうまいか判断してほしい』と言われた。


 たまたま波留さんと偶然会ったときに一緒に弁当を食べた日から始まった、颯大と波留さんの弁当勝負。

 あれから一か月以上経つのに、まだやってたのか……。


 視線を下げると、颯大が手に持っている緑色の弁当箱には、しょうが焼き、オムライス、ミニトマトなどが入っている。波留さんの水色の弁当箱には、煮卵、焼き魚、枝豆のおにぎり、ごぼうのきんぴら。


 どっちもおいしそうだけど……。

 どちらを選んでも、角が立ちそうだ。


「自分の分は持ってきてるよ」


 二人の顔色を窺いながら、カバンから弁当箱を取り出す。


「少し味見するだけでいいから」


 これで諦めてくれないかなと思ったのに、颯大はここで引く気はなさそうだ。波留さんも僕の顔をじっと見てきて、『早く食べて』と無言で圧をかけてくる。


 うーん……。

 目の前の弁当を食べないと、二人とも諦めそうにないな。


 仕方なく弁当箱から箸を取り出し、二人の弁当の中身を少しずつ食べる。


 僕が食べる様子を二人してじーっと見てくるから、食べづらいし、落ち着かない。気まずい雰囲気のなか、どうにかおかずをのみこんで、腹の中に入れる。


 ……。

 颯大が作った弁当はどれも好きなものばかりだし、普通においしい。波留さんの方は……、なんだか懐かしい味がして、何か温かいものが胸に込み上げてくる。


「どっちもおいしいよ」


 口元に軽く笑みを浮かべて、とりあえず無難に答えておく。けれど、颯大にも波留さんにも納得してもらえなかったみたいだ。


「どちらか選んでください」


 波留さんにじっと見られ、ため息をつきたくなってしまう。


 やっぱり選ばないとダメなのか。

 本当に、どっちも同じぐらいおいしかったんだけどな。少なくとも、普段僕が作る適当な料理と比べたら、格段に上だ。


 でも、まあ、ここはやっぱり、彼氏の颯大って答えておくべきだよな。そんなことを頭の中で思い浮かべた直後。


「俺に気を遣わないで、正直に答えて」


 颯大は、真剣な表情でそう言った。


「正直に?」


 颯大が念を押すように頷く。


 忖度抜きでいいのか? 後でまた気まずくなりそうだけど、忖度して選んでも余計怒られそうだし……。


 迷った末、僕は重い口を開く。


「だったら、波留さんかな」


 答えを聞いた波留さんは目を輝かせ、颯大はガックリと肩を落とした。


「あ、でもさ、颯大もだいぶ上手くなったと思う」


 颯大とは長い付き合いだけど、一緒に暮らす前は料理をしてるところなんてほとんど見たことなかった。同棲してから何度か食べた颯大の料理は、僕と同じで、いかにも初心者な味だったな。それなのに、さっき食べたものは、その時よりもグッとレベルが上がってて驚いた。僕もがんばらないと。


「波留に勝たないと意味ないんだよ」


 フォローを入れたのに、颯大はまだ悔しがっている。


 いつのまにか波留さんを呼び捨てにしてるし。なんだかんだ波留さんと仲良くなってるんだよな。


「全部亜樹の好きなもので作ったのに負けたってことは、波留の方が腕があるってことだよな」


 『そうかも』と颯大に返事をしようとして、言葉をのみこむ。


 波留さんの方が料理が上手いから、波留さんの弁当がおいしく感じた。……本当にそうか?


 颯大が作ってくれた弁当に入っていたおかずは、どれも僕の好きなものだった。味だって、おいしかった。


 波留さんの方のおかずは、嫌いではないけど、特別好きというほどでもない。でも、食べた瞬間に懐かしさが込み上げてきて、なぜか泣きそうになったんだよな。

 お母さんの味とも違う気がするのに、何でだろう。以前、彼の弁当を食べた時も、全く同じ気持ちになった。


「オレの方が亜樹さんの好みを知ってますって言ったじゃないですか」

「は? 幼なじみで彼氏の俺に勝てるわけないだろ」

「実際負けたじゃないですか」

「俺の料理の腕がもっと上達したら、波留は俺の足元にも及ばないから」


 波留さんと颯大が何か言い合いをしているけど、右から左に流れていって、まともに頭に入ってこない。


 どうしてこんなにも波留さんの料理に懐かしさを感じるんだろう。颯大の方がずっと長い付き合いで、昔から知っているはずなのに。




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