「俺はこっちだから」
三号館の前で、玲人と話しながら歩いていた颯大が足を止める。
「おー」
玲人が軽く手を上げて、颯大とグータッチしている。
「じゃあ、また」
玲人と言葉を交わしてから、颯大は僕にも声をかけてくれた。玲人と比べて、距離があるというか、若干ぎこちない。
「う、うん。また」
颯大がぎこちないから、僕まで似たような感じになってしまった。颯大は頷いて、そのまま去っていく。
あ、今日バイトあるのか聞くの忘れたな。
最近いつもこんな感じだ。玲人や他の友だちが一緒にいる時はまだいいけど、二人きりだと微妙な感じになってしまう。
「あんま颯大と上手くいってないの?」
颯大の背中を見送っていたら、ふいに玲人に話しかけられた。
「は? なんで?」
「なんとなく? なんかぎこちなくね?」
玲人は両手を広げ、流し目でこちらを見る。
……なんで分かるんだよ。
普段は全く空気読まないし、宇宙人なのに。気づいてほしくないところだけ無駄に勘付くから、嫌なんだよな。
「なぁ、お前らガチで付き合ってんの? 偽装カップルとかじゃないよな?」
返事をしないでいたら、玲人が付け加えるように言った。
「はぁ? 付き合ってるに決まってるだろ。偽装してどうするんだよ」
僕たちの雰囲気も少しぎこちなかったかもしれないけど、さすがに偽装カップルはないだろ。いきなりありえないことを言ってきた玲人に対し、即座に言い返す。
「だってさ、お前らがいちゃついてるとこ、一回も見たことないんだけど。キスとかしないん?」
「玲人じゃないんだから、外でそんなのするわけないだろ」
「何で俺を引き合いに出すんだよ」
「お前は絶対外でもいちゃついてそう。僕たちは外ではしないから」
「家ではしてるんだ?」
「当たり前だろ。家では……」
『もちろんしてる』と言おうとして、途中で言葉を止める。最近キスしたの、いつだっけ? 三日……、一週間前? いや、もっと前だったか?
思い出せないぐらい、してないってことだよな。
一緒に暮らしてるのにキスさえもめったにしないなんて、さすがにどうなんだ。熟年夫婦ならともかく、まだ大学生なのに。
「やっぱ家でもしないんじゃん。亜樹と颯大って、恋人っぽくないんだよな」
恋人っぽくないと言われ、ギクリとしてしまう。
やっぱり僕たちって、そう見えるのかな。
「付き合いが長いから家族みたいな感じになってるだけで、僕と颯大はちゃんと恋人だよ」
同棲してるからって、しょっちゅうキスしないといけないなんて決まりはないし、どんな付き合い方をしたって自由だ。僕たちは僕たちなんだから。自分に言い聞かせるようにして、僕は言った。
「それならそれでいいんだけどさ。ちゃんと好きなんだよな?」
めずらしく真剣な表情で言われ、一瞬答えが遅れてしまった。
「うわ、マジかよ」
「そうじゃなくて、颯大としか付き合ったことないから、よく分からなくて。でも、颯大に不満はないよ」
最悪だ。適当にごまかしておけばよかったのに。
言い訳に言い訳を重ねたせいで、本当に僕が颯大を好きじゃないみたいになってしまった。
「不満はない、ね」
僕の答えを聞いて、玲人は納得してなさそうに頷く。
「試しに颯大と別れて、一回他の人と付き合ってみるのもアリなんじゃね?」
「は?」
「そしたら、好きかどうかはっきりするかもしれないじゃん?」
颯大と別れて、他の人と?
一瞬可能性を考えてから、ハッとする。
「お前は僕と颯大に別れてほしいだけだろ」
それで、そのあと自分が颯大と付き合う気なんだ。
「バレたか」
玲人は悪びれもせず、舌を出す。
「じゃあな」
何で、こんなやつと友達なんだろ。
友達の彼氏を好きになるまでは百歩譲って理解できても、堂々と宣言してくるなんて、どうかしてると思う。
「亜樹、待てって。真面目な話、他のやつも考えてみたら?」
「もういいよ」
「冗談抜きで、ガチで言ってんの。俺がさっき颯大を好きかどうか聞いた時、すぐに答えられなかったってことは、そういうことなんだろ」
どうやって反論しようか迷って、結局僕は無言で背を向けた。
さっきの話、颯大に話すかな。
言われるなら言われるで、仕方ないか。
口止めしたところで、信用できないし。
颯大のことは、もちろん好きだ。
一緒にいて楽しいし、不満なんて一つもない。
ただ、これが恋愛感情なのか、番になりたいのかが分からないだけで。
番――。
そういえば、初めて会った時、波留さんは僕の前世の夫だって言ってた気がする。それなら、僕たちは番だったのかな。もしも、波留さんと僕が番だったら、どんな風に暮らしてたんだろう。
いやいや、何で波留さんのことを考えてるんだ僕は。
あれは、勘違いだって言ってたじゃないか。
波留さんのことばかり考えてしまうのは、いい加減にやめないと。なるべく考えないようにして、教室に向かった。