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第六十八話 アリかナシか

「俺はこっちだから」


 三号館の前で、玲人と話しながら歩いていた颯大が足を止める。


「おー」


 玲人が軽く手を上げて、颯大とグータッチしている。


「じゃあ、また」


 玲人と言葉を交わしてから、颯大は僕にも声をかけてくれた。玲人と比べて、距離があるというか、若干ぎこちない。


「う、うん。また」


 颯大がぎこちないから、僕まで似たような感じになってしまった。颯大は頷いて、そのまま去っていく。


 あ、今日バイトあるのか聞くの忘れたな。

 最近いつもこんな感じだ。玲人や他の友だちが一緒にいる時はまだいいけど、二人きりだと微妙な感じになってしまう。


「あんま颯大と上手くいってないの?」


 颯大の背中を見送っていたら、ふいに玲人に話しかけられた。


「は? なんで?」

「なんとなく? なんかぎこちなくね?」


 玲人は両手を広げ、流し目でこちらを見る。


 ……なんで分かるんだよ。

 普段は全く空気読まないし、宇宙人なのに。気づいてほしくないところだけ無駄に勘付くから、嫌なんだよな。


「なぁ、お前らガチで付き合ってんの? 偽装カップルとかじゃないよな?」


 返事をしないでいたら、玲人が付け加えるように言った。


「はぁ? 付き合ってるに決まってるだろ。偽装してどうするんだよ」


 僕たちの雰囲気も少しぎこちなかったかもしれないけど、さすがに偽装カップルはないだろ。いきなりありえないことを言ってきた玲人に対し、即座に言い返す。


「だってさ、お前らがいちゃついてるとこ、一回も見たことないんだけど。キスとかしないん?」

「玲人じゃないんだから、外でそんなのするわけないだろ」

「何で俺を引き合いに出すんだよ」

「お前は絶対外でもいちゃついてそう。僕たちは外ではしないから」

「家ではしてるんだ?」

「当たり前だろ。家では……」


 『もちろんしてる』と言おうとして、途中で言葉を止める。最近キスしたの、いつだっけ? 三日……、一週間前? いや、もっと前だったか?

 思い出せないぐらい、してないってことだよな。


 一緒に暮らしてるのにキスさえもめったにしないなんて、さすがにどうなんだ。熟年夫婦ならともかく、まだ大学生なのに。


「やっぱ家でもしないんじゃん。亜樹と颯大って、恋人っぽくないんだよな」


 恋人っぽくないと言われ、ギクリとしてしまう。

 やっぱり僕たちって、そう見えるのかな。


「付き合いが長いから家族みたいな感じになってるだけで、僕と颯大はちゃんと恋人だよ」


 同棲してるからって、しょっちゅうキスしないといけないなんて決まりはないし、どんな付き合い方をしたって自由だ。僕たちは僕たちなんだから。自分に言い聞かせるようにして、僕は言った。


「それならそれでいいんだけどさ。ちゃんと好きなんだよな?」


 めずらしく真剣な表情で言われ、一瞬答えが遅れてしまった。


「うわ、マジかよ」

「そうじゃなくて、颯大としか付き合ったことないから、よく分からなくて。でも、颯大に不満はないよ」


 最悪だ。適当にごまかしておけばよかったのに。

 言い訳に言い訳を重ねたせいで、本当に僕が颯大を好きじゃないみたいになってしまった。


「不満はない、ね」


 僕の答えを聞いて、玲人は納得してなさそうに頷く。


「試しに颯大と別れて、一回他の人と付き合ってみるのもアリなんじゃね?」

「は?」

「そしたら、好きかどうかはっきりするかもしれないじゃん?」


 颯大と別れて、他の人と?

 一瞬可能性を考えてから、ハッとする。


「お前は僕と颯大に別れてほしいだけだろ」


 それで、そのあと自分が颯大と付き合う気なんだ。


「バレたか」


 玲人は悪びれもせず、舌を出す。


「じゃあな」


 何で、こんなやつと友達なんだろ。

 友達の彼氏を好きになるまでは百歩譲って理解できても、堂々と宣言してくるなんて、どうかしてると思う。


「亜樹、待てって。真面目な話、他のやつも考えてみたら?」

「もういいよ」

「冗談抜きで、ガチで言ってんの。俺がさっき颯大を好きかどうか聞いた時、すぐに答えられなかったってことは、そういうことなんだろ」


 どうやって反論しようか迷って、結局僕は無言で背を向けた。


 、か。そうなのかもな……。


 さっきの話、颯大に話すかな。

 言われるなら言われるで、仕方ないか。

 口止めしたところで、信用できないし。


 颯大のことは、もちろん好きだ。

 一緒にいて楽しいし、不満なんて一つもない。

 ただ、これが恋愛感情なのか、番になりたいのかが分からないだけで。


 番――。

 そういえば、初めて会った時、波留さんは僕の前世の夫だって言ってた気がする。それなら、僕たちは番だったのかな。もしも、波留さんと僕が番だったら、どんな風に暮らしてたんだろう。


 いやいや、何で波留さんのことを考えてるんだ僕は。

 あれは、勘違いだって言ってたじゃないか。


 波留さんのことばかり考えてしまうのは、いい加減にやめないと。なるべく考えないようにして、教室に向かった。




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