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第二十章 揺れる関係

第七十一話 キスしたい人

「――にできることは何もないよ」


 僕の口が勝手に動く。

 自分の身体のはずなのに、僕の意思では口も足も手も動かない。


 目の前には、僕よりも十センチ以上背の高い男の人がいる。顔はぼやけてよく見えないけど、ふわふわの灰色の癖っ毛の上には、犬みたいな三角の耳が生えていた。


「でも、今回みたいに発情期の相手になったりとかはできます。――が辛い時はいつだって一緒にいます」


 僕の方に向き直った彼は、両手で僕の手を握った。

 彼の声は聞こえるのに、時々ザーッと雑音が入って、急に聞こえなくなる。


 どんな状況なのか、どこにいるのかさえ分からないのに。彼の手の温かさに胸がじんわりと温かくなる。


 けれど、僕は、やんわりと彼の手を離し、首を横に振った。


「今回――を巻き込んだことは、後悔してる。本当にごめん。あんなことするべきじゃなかった」

「謝らないでくださいよ。オレ……、嬉しかったんですよ。――がオレのこと頼ってくれて」


 何が起こってるのか、全く分からない。

 でも、と彼が悲しんでいることだけは伝わってくる。何でそんなに悲しそうなんだろう?

 僕が彼を傷つけてるのかな。もしもそうだったら、謝りたい。いくらでも謝るから、これ以上悲しまないでほしい。彼には、いつでも笑顔でいてほしい。


「もし生まれ変わったら、――の恋人になりたい」


 また僕の口が意思に反して動き、彼に気持ちを伝える。

 生まれ変わったら、恋人に? 何を言ってるんだ、僕は……。


「好きだよ、――」


 理解が追いつかないでいる間に、僕は彼の首に手を回し、唇を重ねる。


「一緒に背負ってくれる?」


 ゆっくりと顔を離したら、金色の瞳と目が合う。

 優しくて、温かい目。

 僕は、彼をよく知っていた。


 ◇


「え!?」


 あわてて飛び起きると、布団の上だった。

 見渡すと、四月から暮らし始めたアパートの部屋。いつもと何も変わらない。隣の布団には、颯大が眠っている。


「夢か……」


 かけ布団を握りしめ、小さく息をつく。


 今のって、波留さんだったよな。

 目と髪の色が違ったし、ケモ耳も生えてたけど。顔は間違いなく波留さんだった。


 いつも夢に出てくるケモ耳の男の人が、波留さん?

 それで、僕は波留さんにキスをして、告白までして……。


 どういうこと?

 もしかして、本当に波留さんは僕の前世の夫?

 それで、何度も夢に見てるとか?


 そう考えたら、全部つじつまが合う。

 僕が波留さんに懐かしさを感じる理由も、波留さんの意味深な発言も、まるごと解決だ。


 なんだけど、たかが夢でそこまで飛躍して考えるのも、さすがに非科学的な気がする。


 それに、夢で見たシチュエーションがよく分からない。

 いつも見る夢よりも、ずいぶん具体的だったけど、……。

 発情期の相手がどうのこうのって言ってたけど、僕と波留さんは普通の番じゃなかったの?

 それに、巻き込んだとか、背負うとか、何の話?


「うーん……」


 ダメだ。何か思い浮かびそうなのに、何も出てこなくて、すごく気持ち悪い。


 ただ確実に言えるのは、僕は波留さんの唇の感触を知っていた。夢とは思えないぐらいに、やけに生々しく感じたキス。あれが初めてじゃなくて、何度もしてる気がする。


 波留さんどころか、颯大としか付き合ったことがないんだから、他の人の唇の感触なんて知るはずもないのに。


 たかが夢と片付けるにしては、偶然が重なりすぎてる。


 これは、もう、波留さんに聞いちゃった方がいいのかな。いや、でも、聞いたからどうだって話だけど……。

 個人的に波留さんに会いに行ったら、颯大だっていい気はしないだろうし。


 はぁ……、もう、どうするかな。

 朝から色々考えていたら、頭が痛くなってきた。

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