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第七十二話 まともな相談相手

『今日予定ある? たまには外食しない?』


 授業中に颯大からメッセージが来て、こっそりと返信する。


『ごめん、今日バイトだ』

『分かった。じゃあ、ダメだな』

『玲人とゴハンでも行ってきたら? 玲人じゃなくても、他の友だちでもいいし』

『そうしようかな』


 最後の颯大からの返信にスタンプを押して、会話を終える。


 バイトの前に行こうと思えば行けたかもしれないけど、断ってしまった。颯大も家で予定を聞いてくれたらいいのに、いつもメッセージで誘ってくるし。


 もう六月に入ったのに、相変わらず僕と颯大は気まずい。波留さんとは、大学で会えば挨拶はするけど、結局夢のことと前世のことは聞けてない。


 もう、ダメだ。どうしたらいいのか全然分からない。

 誰かに話を聞いてほしいけど、こんな話、誰に話したらいいのか分からない。


「颯大からデートに誘われたんだけど!?」


 ひとまずは考えごとは忘れ、授業に集中しようとした矢先。隣の席に座っていた玲人が騒ぎ出した。


「静かにしろ」


 しっと人差し指を当てて、小声で注意する。


「行ってきていい?」


 玲人は気持ち声をひそめたけど、ニヤけ顔が隠せていない。


「デートじゃなくて、ただ食べに行くだけな。僕が玲人でも誘えばって言ったんだし、気兼ねなく行ってきて」


 僕も声のボリュームをギリギリまで落とし、返事をする。


「自分の彼氏を狙ってる男と二人きりでメシ行かせるなんて、どうかしてんじゃね?」


 どう考えてもおかしいのは玲人なのに、まるで僕の方が非常識みたいに言われた。


「お前に言われたくない」

「いや、でも、マジでさ、心配じゃないん?」

「颯大は、玲人には興味ないから」

「それはそれで傷つくんだけど」


 玲人は唇を尖らせて、ちょっとむくれている。

 チャラいし、何考えてるか分からないけど、意外と口は固いんだよな。颯大のことが好きかどうかみたいな話もすぐ言いふらすかと思ってたのに、いまだに言ってないのはちょっと見直した。


 僕たちの事情も知ってるし、もうこうなったら、玲人でいいか? 玲人に頼るのは癪に障るけど、背に腹は変えられない。


「玲人、僕よりも恋愛経験あるよな?」

「お前よりかはな。つーか、話の変え方えぐいて」

「聞いてほしい話があるんだけど、ちょっといい?」

「は?」


 ◇


 一限が終わった後に玲人を連れ出し、大学近くのファミレスで、最近の颯大との関係をざっくりと説明した。前世の件や波留さんの名前はもちろん伏せたけど。


「ほぉん、大体把握したわ。つまり亜樹は颯大も大事だけど、他に気になる人もいる、と。それで悩んでるわけな」


 玲人は腕を組み、大きく頷いた。


「このまま付き合ってるのも颯大に失礼だし、別れるべきかな」

「ぶっちゃけると、俺の願望としては別れてほしい。この前も言った通りだよ」


 いきなり願望丸出しにされて、玲人を誘ったことを早くも後悔する。相談する相手間違えたな。


「ぶっちゃけすぎ。もう少しオブラートに包め」

「けど、それは俺が決めることじゃなくて、亜樹が決めないと。亜樹が別れたいんなら、別れてもいいと思う。二人の問題だから、颯大に全部言って話し合うのもアリだし」


 え……?

 信じられないぐらいにまともな意見が出てきて、マジマジと玲人の顔を見てしまった。

 今のって、本当に玲人の口から出た発言?


「何だよ、その顔は」

「いや、だって、え? そんなにしっかり考えてくれるとは思わなくて」

「相談に乗ってほしいから、誘ったんじゃないんかよ」

「そうなんだけどさ」

「つーか、これは真面目な話な?」


 玲人は表情を引き締め、テーブル越しに身を乗り出す。


「うん」

「俺はさ、ガチで亜樹には幸せになってほしいんだよ」

「何で?」

「何でって、そんなの決まって……。?」


 断定口調で話していたのに、玲人は途中で首をひねっていた。


「何でだっけ?」

「お前が分からないなら、僕はもっと分からないよ」


 何が言いたいんだよ。と、ため息混じりに返す。


「とにかく俺は亜樹には幸せになってほしいんだよ」

「僕の彼氏を奪おうとしてる時点で、僕の幸せは全然考えてないよな」

「それはアレだよ。まずは俺が幸せにならないといけないから。その次に亜樹」

「お前はそういうヤツだよ」


 せっかく見直したのに、やっぱり玲人は玲人だったな。


「三限始まるから、そろそろ戻るか」


 腕につけていた端末を見た玲人はレシートを手に取り、椅子から立ち上がる。僕も荷物をまとめ、席を立つ。


「玲人、ありがとう」

「うわ、マジか。今、感激してる。亜樹に素直に礼を言われるとは思ってなかった。今の録音するから、もう一回言ってもらってもいい?」

「礼を言ったことを取り消したくなるような発言はやめて」


 いちいち茶化さないと気が済まないのか、こいつは。

 大げさにため息をつく。


「けど、本気でありがとうな。助かったよ」


 レシートを持っていた玲人の手からソレをさっと取り上げる。


「ここは僕が払うから」

「お? マジ? いいの?」


 うんと頷き、財布を取り出す。


「俺、毎日祈ってるからな」


 玲人が僕の肩をポンポンと叩く。


「亜樹と颯大が早く別れますようにって」


 小声でささやき、玲人はキメ顔でウインクしてきた。


「最悪」


 軽蔑しきった視線を向けて、早足でレジに向かう。


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