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第七十三話 ダメなのはどっちかな

 夏休みに入ってすぐ、バイトの休みを合わせ、颯大と一緒に地元に帰ってきた。大学の授業はない期間とは言え、バイトはそんなに長く休めないから、実家に滞在するのは五日間。


 五日もあればゆっくりできると思ったのに。親と一緒に親戚のところに行ったり、地元の友達と会ったりしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまい、残り二日になってしまった。


 四日目の今日は、颯大と二人で出かけることになっている。


 玄関で靴を履いていたら、誰かが廊下を歩いている音がした。振り返ると、そこにいたのは僕のお母さん。


「今日は颯大くんと出かけるんでしょ?」

「うん。夜ごはん食べてくる」

「そう、ゆっくりしてきてね」


 うちのお母さんお父さんは、幼なじみの颯大への信頼がやたら厚い。颯大の名前さえ出せば、帰りが遅くなっても泊まりでも、オールOKだ。他の友達だったら、そうはいかないのにな。


「あんたたち、いつ番になるの?」

「そのうちね」

「そのうちって。いつもそう言うけど、さっさと番っちゃいなさいよ。あんないい子、めったにいないんだから」

「そう言われても、僕たちまだ学生だし」

「学生で番になる人だって少ないでしょう。お母さんたちの頃はね……」


 適当に聞き流していたのに、お母さんの話はいつまでも終わりそうにない。


「あー、その話は後で聞くから。時間に遅れるから、そろそろ行くね」


 長い話が始まりそうだったので、強制的に切り上げ、家から出る。


 毎回毎回僕の顔を見れば、『颯大と番にならないの?』『いつ番になるの?』ばっかり聞いてくるのは勘弁してほしい。


 うちのお母さんはΩで、お父さんはα。大学生の時に出会って、交際三ヶ月で番になり、同時に結婚したそうだ。今は学生結婚する人はあまりいないけど、当時はそれがごく当たり前だったとか。


 お母さんたちの若い頃はΩはαと番になるのが当たり前の時代だったらしいから、僕たちにもその感覚で進めてきてるんだろうけど……。今とは時代が違うんだよな。


 ◇


 特に行き先も決まってなかったので、どこに行きたいか颯大に聞いた。そうしたら、颯大が展望タワーにのぼりたいと言ったので、電車で一時間かけ、テーマパークまで来た。昼過ぎに家を出てきて、最上階に着く頃には、もう空は赤くなりかけていた。


「やっぱり夜と夕方だと、全然景色が違うね」


 上京する前に見た夜景を思い出し、颯大に話しかける。


 しばらく待っても、颯大からの反応は返ってこなかった。聞こえなかったのかな。それとも、無視……はさすがにないよな?


 以前ここに来た時と今とでは、僕たちの関係はだいぶ変わってしまった。という関係性はそのままでも、前みたいに何でも話せる間柄じゃなくなってしまった。今日だって、お互いに気を使っていて、別れそうなカップル以上にぎこちなかったし。


 元の関係に戻れるのかな。ずっとこのままだったらどうしよう。上京する前は、颯大とこんな風に気まずくなるなんて、想像さえしなかったのに……。


「俺たちがデートするのって、上京する前にここに来た時以来?」


 僕の質問をスルーしたかと思ったら、颯大は唐突にそんなことを言い出した。


 チラリと颯大の様子を窺う。すると、颯大は窓の外を見ていて、少しも目が合わなかった。


「さすがにそれはないだろ」

「じゃあ、いつ出かけた?」

「いつって言われると……」


 すぐには思い浮かばず、考え込んでしまう。

 どこ行ったかな……。外食だけしたのはデートに入る?


「じっくり考えないといけないくらい、どこにも行ってないわけだ。俺たち同じ家に住んでるのにな」


 一瞬だけ僕の方を見てから、颯大はまたすぐに窓の外に視線を戻す。


 ちょうど隣には男女のカップルが来て、景色もほとんど見ずにいちゃいちゃしている。隣が甘い雰囲気だからか、余計に僕たちの空気が重く感じるな。


 何か話題……。話が盛り上がりそうな話題を振らないと……。


「今日出かける前にさ、お母さんに『いつ颯大と番になるの?』ってまたしつこく聞かれたんだ。颯大もおばさんたちに聞かれる?」


 思いついたままに言葉を発し、颯大の方に身体を向ける。


「うちもよく言われる」


 颯大も僕と視線を合わせ、苦笑いを浮かべた。

 やっぱり。どこも同じなんだな。


「僕たちのタイミングがあるんだから、放っておいてほしいよな。いずれ番にはなるつもりなんだし」


 軽い気持ちで口にしたら、颯大の表情が一瞬で固くなる。


「まだ番になる気あったんだ」

「どういう意味?」

「最近の亜樹、よそよそしいからさ。もうそういう気はないのかなと思ってた。何か言いかけて、途中で止めることもよくあるし。言いたいことがあるなら、はっきり言ってほしい」


 痛いことを言われてしまい、息をのむ。


 関係を修復しようとしても、すぐにまたこういう感じになるし。もう僕たちはダメなのかな。颯大は僕がよそよそしいって言ったけど、僕も颯大に距離を置かれてるように感じるよ。


 言いたいことか……。

 颯大に言わなきゃいけないことはたくさんあるけれど、何から話せばいいのか分からない。


 夏休みに入る少し前に波留さんに告白されたけど、あれって本気なのかなとか、結局前世って何だったのかなとか、そんなことばかり考えてる。僕には颯大がいるんだから、波留さんが本気でも嘘でも、全然関係ないはずなのに。


 これをこのまま伝えたら、確実に今以上に関係が悪化するだろう。それでも、悪化覚悟で伝えた方がいいのかな。


 どう伝えようか迷っていた最中、突然颯大から手をぎゅっと握られた。


「ごめん、やっぱり言わないで」

「え?」

「悪いところあったら、全部直すから。亜樹と別れたくない」


 そう言った颯大は、普段の明るい彼とは違って苦しそうな顔をしていて、胸がぎゅっと痛くなる。最近の僕は、颯大にこんな顔をさせてばかりだ。


 ここまで言ってくれているのに、何で僕は颯大だけを見れないんだろう。生まれた時からずっと一緒で、二人で一緒に育ってきて、これからだって一緒。それでいいじゃないか。お母さんもお父さんも、みんなそれを望んでくれているのだから。


 もう迷うな。他の人に揺れるな。

 自分に言い聞かせ、口を開く。


「別れたいなんて思ってないし、颯大に悪いところなんて一つもないよ」


 ダメなのは、僕の方だよ。フラフラしている僕のせいだ。


「俺たち、これからも一緒だよな?」


 そう聞いてきた颯大の目は、どこか不安そうだった。

 そんな風に言われたら、否定するなんて選択肢は選べないよ。やっぱり颯大とは別れられない。こんなに優しくて、僕を大切に想ってくれている人を傷つけたらダメだ。


「当たり前だろ」


 口の端を持ち上げ、笑顔を作る。

 そうしたら、颯大もようやく笑顔を見せてくれた。


「東京帰ったら、どっか遊びに行くか」

「いいね。夏だし、海とかどう?」


 颯大の提案に乗ったら、喜んでくれているみたいだ。

 良かった。これで良かったんだ。

 まだ気まずくても、少しずつ修復していこう。

 颯大との仲が深まれば、きっと他の人を気にする暇もなくなるはずだから……。

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