キョトンとしていた波留はやがてハッとして、こちらに一歩近づいた。
「思い出したんですか!?」
「全部じゃないけどね。波留が僕の前世の夫だったのは、思い出したよ」
「思い出してくれたんですね……」
また波留の大きな瞳が潤んでいき、突然ガバッと抱きしめられる。
「愛してます。亜樹がオレを覚えてなくても、前の亜樹とは違っても、他に彼氏がいても。ずっと愛してました」
波留は痛いぐらいに僕をギュウギュウ抱きしめ、耳元で熱くささやいた。どうしようもなく胸が高鳴り、キュッとなる。ゆっくりと、波留の背中に両手を回す。
けれど、ギリギリで踏みとどまり、僕は回しかけた手で波留を突き放した。
「亜樹……?」
波留は驚いたように目を見開き、僕を見ている。
これから言おうとしていることは、確実に波留を傷つけるだろう。でも、僕は言わなくちゃいけない。颯大との関係を壊したくないなら、波留とは線を引かないといけないんだ。
「波留と過ごした前世の思い出は、僕にとっても大切な時間だし、幸せだったよ。でも、ごめん。今の僕と昔の僕は違うんだ。今の僕は、波留を愛せない」
波留がどんな顔をしているのかを見るのが怖くて、彼を直視できない。
「……そう、ですよね。今の亜樹は、颯大さんが好きなんですもんね。それで、いずれは番に……」
言葉の途中で、波留はうつむいてしまう。
しばらくしてから、波留は顔を上げ、笑顔を作ってみせた。
「それでも、オレは今も亜樹を愛してます」
無理矢理作った波留の笑顔が痛々しくて、僕の方が泣きそうだ。
「亜樹にとっては終わったことでも、オレにとってはそうじゃありませんから。忘れるのは無理です」
「僕は、波留に何もしてあげられない」
「何もしなくていいんです。亜樹が幸せでいてくれたら、それで」
「波留……」
それでいいわけないよ。
だって、きっと波留は僕が死んでからもずっと一人で、誰とも再婚せず、僕を想ってくれていたんだ。
それで、ようやく再会できたのに、僕は波留をすっかり忘れていて、しかも他の相手がいたって最低すぎるだろ。
どうして僕は波留を忘れたんだよ。何で……。
波留も、もうこんな薄情な僕のことなんて忘れてほしい。きっぱり忘れて、他の人と幸せになってほしい。――ああ、でも、やっぱり嫌だ。忘れてほしくない。僕以外を愛さないで。
いったい波留をどうしたいんだ、僕は。
全然思考がまとまらないし、もうめちゃくちゃだ。
「そんな顔しないでください。僕は大丈夫ですよ、一人でいるのには慣れてるので」
僕はよっぽど酷い顔をしていたんだろう。
僕よりもずっと傷ついてるはずの波留に心配されてしまった。
「それに、今はコナツがそばにいてくれますから」
そう言って、波留はコナツをチラリと見る。それから、『また大学で』と言い残し、波留はコナツと一緒に帰って行った。