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第七十五話 前世と現世の記憶

 キョトンとしていた波留はやがてハッとして、こちらに一歩近づいた。


「思い出したんですか!?」

「全部じゃないけどね。波留が僕の前世の夫だったのは、思い出したよ」

「思い出してくれたんですね……」


 また波留の大きな瞳が潤んでいき、突然ガバッと抱きしめられる。


「愛してます。亜樹がオレを覚えてなくても、前の亜樹とは違っても、他に彼氏がいても。ずっと愛してました」


 波留は痛いぐらいに僕をギュウギュウ抱きしめ、耳元で熱くささやいた。どうしようもなく胸が高鳴り、キュッとなる。ゆっくりと、波留の背中に両手を回す。


 けれど、ギリギリで踏みとどまり、僕は回しかけた手で波留を突き放した。


「亜樹……?」


 波留は驚いたように目を見開き、僕を見ている。


 これから言おうとしていることは、確実に波留を傷つけるだろう。でも、僕は言わなくちゃいけない。颯大との関係を壊したくないなら、波留とは線を引かないといけないんだ。


「波留と過ごした前世の思い出は、僕にとっても大切な時間だし、幸せだったよ。でも、ごめん。今の僕と昔の僕は違うんだ。今の僕は、波留を愛せない」


 波留がどんな顔をしているのかを見るのが怖くて、彼を直視できない。


「……そう、ですよね。今の亜樹は、颯大さんが好きなんですもんね。それで、いずれは番に……」


 言葉の途中で、波留はうつむいてしまう。


 しばらくしてから、波留は顔を上げ、笑顔を作ってみせた。


「それでも、オレは今も亜樹を愛してます」


 無理矢理作った波留の笑顔が痛々しくて、僕の方が泣きそうだ。


「亜樹にとっては終わったことでも、オレにとってはそうじゃありませんから。忘れるのは無理です」

「僕は、波留に何もしてあげられない」

「何もしなくていいんです。亜樹が幸せでいてくれたら、それで」

「波留……」


 それでいいわけないよ。


 だって、きっと波留は僕が死んでからもずっと一人で、誰とも再婚せず、僕を想ってくれていたんだ。

 それで、ようやく再会できたのに、僕は波留をすっかり忘れていて、しかも他の相手がいたって最低すぎるだろ。

 どうして僕は波留を忘れたんだよ。何で……。


 波留も、もうこんな薄情な僕のことなんて忘れてほしい。きっぱり忘れて、他の人と幸せになってほしい。――ああ、でも、やっぱり嫌だ。忘れてほしくない。僕以外を愛さないで。


 いったい波留をどうしたいんだ、僕は。

 全然思考がまとまらないし、もうめちゃくちゃだ。


「そんな顔しないでください。僕は大丈夫ですよ、一人でいるのには慣れてるので」


 僕はよっぽど酷い顔をしていたんだろう。

 僕よりもずっと傷ついてるはずの波留に心配されてしまった。


「それに、今はコナツがそばにいてくれますから」


 そう言って、波留はコナツをチラリと見る。それから、『また大学で』と言い残し、波留はコナツと一緒に帰って行った。

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