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第七十七話 過去のことだから

 僕が話している間、颯大は一言も口を挟まず、それを聞いていた。


「……そういうわけなんだ」


 僕が全部話し終えてからも、颯大は呆気にとられたような、なんとも言えない顔をしている。まあ、そういう反応になるよな。いきなりこんな話を聞かされても、僕の頭がおかしくなったって思うのが普通だろうし。


「つまり、波留が初めて会った時に言ってた前世の恋人だか夫だかってのが、全部本当だったってこと?」


 かなりの間があってから、ようやく颯大が発したのは、そんな言葉だった。


「僕も初めは信じられなかったけど、夢のこともあるし……。それに、思い出したんだ」


 颯大を注視して、ありのままを伝える。


「ん? ちょっと待って。波留も生まれ変わったってこと? そうだよな、そんなに人間の寿命が長いわけないもんな」


 颯大は首をひねり、僕に疑問をぶつけた。


 全部話すつもりだったけど、波留が獣人の血を引いていることや僕たちよりもかなり長く生きていることだけは伏せたんだ。そこは勝手に話すとマズいかなと思って。


「そ、そう。波留は前世の記憶があったんだけど、僕はついこの前までなくしてたんだ」


 もう波留も生まれ変わったって設定にするしかなくて、強引に押し通そうとする。さすがに怪しいか……?


 颯大がやっぱり何とも言えない顔をしていたので、あわてて言葉を付け足す。


「信じられないよな。でも、本当に浮気はしてない。ただ信じてもらえなくても仕方ないとは思うし、信じてとも言えないけど……」

「いや、信じるよ」


 てっきり『信じられない』と言われるかと思ってた。けれど、颯大は予想とは真逆のことを言い切ったんだ。


「え? 本当に? 信じるの?」


 さっきの呆然としていた颯大以上に動揺してしまい、何度も聞き返してしまう。颯大は頷いから、小さく息をはいた。


「あー、でも、そっか。逆に良かったよ」

「何が?」

「だってさ、前世のことがあったから、亜樹は波留のことを必要以上に気にしてたんだろ? 逆に言えば、前世がなければ、気にしなかったわけだ」

「うーん、いや、それは……」


 そうとも言い切れないような。否定も肯定もできなくて、つい口ごもってしまう。


「過去は過去、今は今だ。波留が今ここにいるってことは、亜樹は俺を選んでくれたんだよな」


 嬉しそうな颯大の顔を見たら、胸がズキリと痛くなった。


 颯大の言う通りだったら良かったのに。

 波留を気にしてたのは、ただ前世のことがあるからで。

 今世の波留には何の感情もなくて、今の僕が好きなのは颯大だけ。


 そう思い込もうとしても、明確に言い切れない自分がいることは確かで、自分がどうしたらいいのかも分からなかった。


 だけど、僕は波留じゃなくて、颯大を選んだからここにいる。少なくとも、それだけは本当だ。


「僕の彼氏は颯大だから。波留と過ごした時間は過去のことだよ」


 自分に言い聞かせるようにして言った言葉は、口にしてからすぐに嫌気が差した。完全に過去になんかできてないくせに。


「じゃあ、タチの悪い元彼みたいなものだな。それなら、俺ももう気にするのはやめるよ」


 颯大はにっこりと微笑み、僕を抱き寄せた。


 経験してない人からしたら訳の分からない話も信じてくれて、受け入れてくれる。たとえ前世は波留を好きだったとしても、今世の僕の彼氏は彼だ。今度こそ僕も前世を気にするのはやめて、ちゃんと今の現実を見ないと。


「うん……」


 僕も颯大に身体を預け、もたれかかった。

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