目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第八十三話 重い恋人

 翌日の木曜。

 大学の中にあるコンビニに立ち寄ったら、颯大と玲人にバッタリ会ってしまった。


「よっ」

「久しぶりじゃん」


 玲人がまず声をかけてきて、その後に颯大も話しかけてくれた。


 玲人とは同じ授業があるから、秋学期が始まってからはちょくちょく会っている。

 颯大とは、一か月ぶり? 別れて以来か。厳密には二回ぐらい会ったけど、その時は廊下ですれ違ったぐらいで、時間もなくて話せなかったから。


「学部違うから、授業被ってないとそんなに会わないよな」


 颯大からの返事も『うん』で終わってしまって、会話が途切れる。


 気まずさに負け、視線だけで玲人に助けを求める。


 けれど、がんばれ! と親指を立てられただけだった。 

 くそ、こいつ……。普段ウザいぐらいに騒がしいくせに、肝心な時に役に立たないんだから……。


「また時間あったら、玲人と三人でメシでも行こうよ。バイトの休みが合えばさ」


 かなり長い沈黙があってから、颯大は明らかに社交辞令だと分かる誘い方をした。


「う、うん。行きたい」

「じゃあ、また」


 それだけ言い残し、颯大はおにぎりを持ってレジの方に向かった。


 うーん……。

 颯大もがんばって普通に接しようとはしてくれてたけど、やっぱりまだちょっと気まずいよな。別れてまだ一ヶ月だし、しばらくは仕方ないか。


「別れたてで気まずい元カップルそのものだな」


 レジで並んでいる颯大と僕を交互に見て、玲人はニヤニヤ笑っていた。


「お前……。何で助けてくれなかったんだよ」


 絶対この状況を楽しんでるな。本当に最悪だ。恨みがこもった目で玲人を見る。


「面白いから」

「そんなことだろうと思った」


 反論する気力もなく、ため息をつく。


「ま、颯大は俺が慰めとくから、気にすんなよ」

「うん……、頼む……」


 玲人にはとても任せられないが、誰もいないよりは、たとえ玲人でもそばにいた方が颯大の気も多少まぎれるかもしれない。うなだれながらも、一応返事をしておいた。


「なんか元気なくね? 波留とラブラブなんだろ?」


 小声でささやかれ、反射的に玲人を見上げる。


「波留とは上手くいってる」

「じゃあ、何?」


 キョロキョロと辺りを確認してから、玲人以上に小さな声でつぶやいた。


「波留が噛んでくれない」

「はあ?」


 玲人はぎょっとして、まるで変なものでも見るような目で僕を見てきた。


「次の授業、同じだったよな。その時に話す」


 ◇


 三限目。僕と玲人は大教室の一番後ろの席に座り、授業を受けていた。実際は、真面目に授業を受けているフリをして、玲人にここ最近の悩みというか愚痴を話している。


 前世の僕だったら、絶対に玲人に彼氏の相談なんてしなかっただろうな。今世の玲人も相変わらず苛々する男だけど、意外と親身になって話を聞いてくれるし、前世よりもだいぶいいやつになった気がする。それに、こんな話、事情を知っている玲人以外話せないからな。


「毎回はぐらかされるし、全然噛もうとしないんだよ。どう思う?」


 先生の方を時々見つつ、大体の事情を話し終える。


「どう思うってもな……。それさぁ、重い男じゃん」


 頬杖をつきながら、玲人はそう言った。


「重い……?」

「だって、そうだろ。付き合って一か月で番とか重いって。そんなしつこく迫ってたら、逃げられるかもよ?」

「お……っ」

「あ?」


 前世のお前は、付き合うとほぼ同時に僕を番にしただろうが。どの口でなんて言えるんだよ。――そう言おうとして、言葉をのみこむ。


 そう言えばこいつ、前世の記憶ないんだった。前世のことを持ち出しても仕方ないな。

 息をついて自分を落ち着かせ、もう一度口を開く。


「たしかに付き合い始めたのは一か月前だけど、僕と波留にはそれ以上の絆があるんだよ」


 そうだよ。

 僕と波留には、積み重ねてきた歴史も、簡単には崩れない愛もある。今世で付き合った期間なんて関係ない。


 そう考えたら、波留が番になろうとしない理由がますます分からないな。


 波留がαじゃないとか、元々番に興味がないとかならもちろん納得できるし、僕もここまで番になりたいと望まなかった。でもそうじゃないし、今世の僕たちには何の障害もないはずだ。だったら、何で?


「はぁ……」


 どれだけ考えても何一つ解決しなくて、ため息しかでてこない。


「絆っていっても、まだ一ヶ月だろ? それで、番になりたい番になりたいって、さすがに重いって」

「うーん……」


 だから、僕たちの絆はたった一か月でおさまるものじゃないんだって。玲人にはそれを言えず、もどかしくてたまらない。


「逆に亜樹は何で焦ってんの? 颯大の時はそんなこと言ってなかったじゃん」

「颯大の時は、まあ……。別に焦ってるわけじゃないよ。ただ波留と番になりたいってだけで……」

「それなら、もう少し待ってもいいんじゃない?」


 玲人はあくまでも待った方がいいという立場を崩さず、あまり僕の気持ちが分からないみたいだった。


 やっぱり今の時代の若い人たちは、こういう考えなんだな。前世の僕が生きていた頃は、αとΩが番になることがもっと衝動的で、ごく当たり前のことだと思われてた。だけど今はそうじゃなく、αでもΩでもみんなもっとカジュアルに付き合っていて、番が重いことだと捉えてる。


 必ずしも番を強制されたいのは、良いことではあるんだ。良いことなんだけど、でも、僕はやっぱり好きな人と番いたいんだよ。


 僕も玲人と同じ年のはずなのに。前世の記憶が全くない時の僕とは少し考え方が変わってしまっていて、玲人たちとの世代の違いを感じてしまう。これじゃ、玲人や大学の同級生よりも、うちのお母さんお父さんの方がまだ話が合うかもしれない。


 波留も前世の僕と同じ時代に生まれたはずなんだけど、価値観がアップデートされてるのかな。もしそうなら、 玲人の言うことも一理あるのかも。

 波留も玲人たちと同じように、無理して番にならなくてもいいと思ってる?


「うん……」


 あまり納得はできないながらも、僕は曖昧に返事をして、コクリと頷く。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?