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第八十四話 一番欲しいものは

 付き合って二か月の記念日は、ちょうど大学が休みの日曜日だった。この日はバイトも入れず、一日オフにしていた。


 いつも料理はほとんど波留が作ってるから、たまには僕ががんばろうかなとか色々計画してたけど、『外に食べに行こう』と波留に誘われた。


「行きたい。けど、大丈夫かな?」


 即答した後で、僕はわずかに目を伏せる。


 波留がうちの大学の職員で、僕が生徒ということもあって、付き合ってからはなるべく大学の外では一緒に出歩かないようにしていた。僕は成人してるし、付き合ってはいけないという決まりがうちの大学にあるわけじゃないから、たぶん大丈夫だとは思う。だけど、同棲してるのが周りにバレたら気まずいし、卒業するまでは念のために大っぴらにしないようにしようということになっている。


「大丈夫ですよ。少し離れたところのレストランを予約しましたから」

「そっか。それなら、いいか。楽しみ」


 波留は笑顔で頷いてから、『ちょっといいところなので、スーツ用意しておいてください』と付け足した。


 わざわざ改まってスーツって、何……?


 ◇


 波留が予約してくれたのは、個室のフレンチレストランだった。高級そうな雰囲気は緊張してしまうけど、めったに見れない波留のスーツ姿も見れるのは嬉しい。


 運ばれてくるコース料理を食べながら、いつも通り普通に楽しく話していた。


 メインがほぼ食べ終わった時だった。

 波留はフォークを置き、姿勢を正す。


「オレと付き合うことを選んでくれてありがとうございます。亜樹と一緒にいられて、本当に嬉しいです。いつもそばにいてくれてありがとうございます」


 あらたまって感謝を伝えられると照れるな。

 でも、やっぱり嬉しい。


「僕もありがとう。これからも一緒にいたい」


 ちょっと照れつつも、僕も波留への感謝を口にした。


「一緒にいましょう」


 波留は椅子から立ち上がり、荷物を入れる専用のカゴの中に入れていたバッグから何かを取り出した。そして、僕の方にそれを差し出す。


 え、何?

 もしかして、婚約指輪とか?

 プロポーズ? それとも、番になりたいという申し込みとか?


 個室のレストラン、スーツ、記念日。

 シチュエーションも相まって、勝手に期待が高まる。


「開けてみてください」


 言われて、ドキドキしながら包みを開ける。


 ソコから出てきたのは、波留の姿が変わった時のモフ耳の毛色と同じ、シルバーのチョーカーだった。


「チョーカー?」


 チョーカーを手に取ってから、波留を見上げる。


「はい。今世ではまだ贈ってなかったので、贈らせてください」


 波留は前世でもチョーカーを贈ってくれた。

 気持ちは嬉しい。けど、今?

 正直首を守るチョーカーよりも、波留の番になる権利がほしい。


「他のαに噛まれないようにしてくださいね。玲人さんとか」

「玲人? ありえないよ」


 唐突にそんなことを言われ、僕は即否定する。


「もちろんオレもないとは思ってます。でも、ほら、玲人さんは前世の亜樹の番だったじゃないですか。疑ってるわけじゃないですけど、やっぱりちょっと心配というか……」

「玲人は前世の記憶ないし、心配ないよ」


 それに今の玲人は颯大しか見えてないし、僕には一切興味はないから、僕とどうこうなるとかは絶対にありえない。だからこそ、今の玲人を昔よりは多少信頼しているのもあるし。


「それでも、心配なんですよ。分かってください」


 波留は僕を見つめ、僕の手を握る。


 そんなに心配なんだったら、波留が今すぐ僕を番にしてくれたらいいよ。そうしたら、他のαにとられる心配もなくなる。


 うっかり口にしてしまいそうだったけど、それをぐっとこらえる。


 危なかった。番になりたい番になりたいって迫るなって、玲人から言われてたんだった。


 大丈夫、波留は僕を愛してくれてる。

 僕のためにレストランを予約してくれて、守るためのチョーカーもプレゼントもくれたじゃないか。


 ただ今は番になる時期じゃないだけだ。もう少し我慢しよう。波留の方から番になりたいって言ってくれる日を待つんだ。きっとすぐだよな、波留?


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