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第八十五話 埋まらない距離

 レストランから家に戻っても、まだ僕たちの記念日は終わらなかった。


「今日はありがとう」

「こちらこそ」


 リビングでそんな会話を交わして、微笑み合う。大したことを話すわけじゃなくても、波留と一緒にいるだけでやっぱり幸せだ。ずっとこんな時間が続けばいい。


 しばらくまったり過ごしていたけど、波留が『そろそろ着替えます』と上着を脱ぐ。


「僕も着替えようかな」


 慣れた手つきでネクタイを外していく波留を横目で見ながら、僕も立ち上がる。

 スーツの上着を脱いで、ハンガーにかけたまでは良かった。久しぶりにネクタイを締めたせいか、外すのに少しもたついてしまう。


「やりましょうか」


 ネクタイと格闘していたら、とっくに部屋着に着替えた波留が声をかけてくれた。


「お願いするよ」


 苦笑を溢し、波留の方に背を向ける。


 波留は優しくネクタイを外し、そのまま後ろから僕の身体を包み込んだ。すぐに波留の唇が首筋に当たり、何度もキスを落とされる。けれど、波留の唇はわざわざチョーカーを避けて、僕が本当にしてほしい部分には触れてくれない。波留の唇は、まるでとはっきり意思を示しているみたいで、ますますもどかしくなった。


 そのままチョーカーを外して、僕のうなじに噛みついてくれたらいいのに。僕を波留の番だと刻みつけてほしいのに。


 じれったい気持ちになりながらも、波留に身を任せる。いつのまにかシャツまで脱がされ、波留の手がゆっくりと僕の肌を撫でる。


「ん……」


 何度身体を重ねても、波留に触れられる度に身体が熱くなる。だからこそ、もっと深い部分で繋がりたい。本当の意味で、僕を求めてほしい。

 今は第二の性が重視されない時代に変わったんだから、こんなにも波留と番いたい僕が変なのかな……。


 流れでベッドに移動した後は、いつも以上に時間をかけて丁寧に身体を開かれた。大切な宝物でも扱うみたいにされて、こっちが照れてしまうぐらい。

 たくさん愛情を注がれる行為が終わってからも、布団にくるまり、触れるだけのキスをしていた。


「愛してる」

「うん、僕も」


 髪を撫で、何度も愛を囁かれ、波留への愛しさが爆発しそうになる。満たされているはずなのに、やっぱりまだ足りない。波留がほしい。


 衝動的に、僕はチョーカーに指をかけていた。

 もう、コレ、外したい。それで、波留と――。


 チョーカーの留め具を探していたら、波留の手で指を掴まれた。


「亜樹を守るために、このチョーカーを贈ったんです。つけておいてくださいね」


 言いながら、波留はやんわりと僕の手をチョーカーから遠ざける。


 守る?


 前世とは違って、副作用なく発情を抑えられる今世ではそこまでαを警戒する必要もない。そもそも今は波留と僕の二人だけなんだから、番ったとしても、何も問題ないのに。


 一体、波留は何から僕をのか。


 特に深い意味はなくて、なんとなくの雰囲気で言ったのかもしれない。けど、番になろうとしてくれないこともあって、波留の言動がいちいち引っかかってしまう。


 でも、もうしばらく待つって決めたもんな。


「……うん、ありがとう」


 あまり納得はできないながらも、曖昧に頷いておく。

 すると、波留は僕を抱き寄せ、自分の胸の中におさめる。温かくて、優しい波留の胸。


 波留に身を寄せてから、こっそり指でチョーカーの感触を確かめる。


 前世で波留からチョーカーをもらった時はすごく嬉しくて、ずっとつけていたいぐらいだった。だけど今は、波留からもらったコレの存在がもどかしく感じるよ。

 波留が僕にくれる愛情は何も変わってないはずなのにな。そう自分に言い聞かせてみても、不安と焦りが拭いきれなかった。

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