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第二十四章 理由を探してしまう

第八十六話 募る不安

 翌朝。ふと気がつくと、たぶん波留の指がチョーカー越しに僕の首筋をなぞっていた。指先がためらうように触れたり離れたり。ん……? くすぐったくて、ゆっくりと目を開ける。


 そうしたら、波留が伏し目がちに僕のチョーカーをじっと見ていた。泣いていたわけではないけれど、その顔がどことなく切なそうに見えて、違和感を覚える。


「波留?」


 名前を呼ぶと、ハッとしたように顔を上げた波留と目が合う。少し陰っていた波留の表情がすぐに和らぎ、笑顔になる。


「おはようございます」

「おはよう……?」

「朝ごはん作ってきますね」


 波留は僕の頬にキスをして、ベッドから起き上がる。

 コナツにごはんをあげてから、キッチンでテキパキと作業を始めた波留は普段通りで、特に落ち込んでいる様子もない。


 さっき元気がないように見えたんだけど、気のせいだったのかな。うーん……。


 頭を悩ませても答えは出そうになかったので、ひとまず僕もベッドから離れることにした。学校に行く準備をして、洗濯でもしておこう。


 ◇


 波留よりも三十分ほど遅く家を出て、一限の教室に向かう。けれど、入ろうとした部屋から大量に人が出てきて、足を止める。


「教授の都合で休講だって」


 何度かしゃべったことのある女子は僕の顔を見るなり、そう言った。


「あ、そうなんだ。ありがとう」

「そのチョーカーいいね。もしかして、恋人からのプレゼントだったりして」


 そういう女子の首にも、フリルのついたピンク色のチョーカーがつけられている。


「そんな感じ。そっちも?」

「そ。この前彼氏と番っちゃった」


 女子は自分のチョーカーをつまみ、自慢げな笑みを浮かべた。恋人からチョーカーを送られたという立場は一緒なのに、僕とは真逆だ。比べるものじゃないけど、正直うらやましい。


「おめでとう。けっこう長いの?」

「ん? 一ヶ月だよ?」

「一ヶ月……」


 何でもないことのように言った女子に衝撃を受け、つい彼女の言葉を繰り返してしまった。僕と波留の今世の交際期間よりも短い。そういう人もいるんだ……。


「早すぎって思ってるでしょ」

「いや、驚きはしたけど、お互い良いなら全然アリだと思うよ」

「だよねー。彼氏がΩだったし、いいかなって。だって、好きになった人がαなら、番わない理由なくない?」


 明るく笑いながら、彼氏の話をする女子は少しも後悔してなさそうだ。


「まあ……」


 愛想笑いを浮かべつつ、相づちをうつ。


 そうなんだよなぁ。

 数十年前よりもΩとかαとかにこだわらなくなったとはいえ、自分がΩで相手がαなら、特別『番わない』理由もないはずだ。


 この前玲人に言われた『付き合ったばかりで番契約を持ち出すのは重い』って考える人が今は多いのも、理解はできるんだけど……。むしろ、僕だって前世の記憶を思い出すまでは、そっち側だったし。


「行かないのー?」

「あ、ごめんね。友達に呼ばれたから行くね」


 少し離れたところから友達に呼ばれ、その子もすぐに行ってしまった。


 彼女を見送ってから、家に帰るのをやめて、図書館に向かう。彼女の話聞いてたら、ますます波留が番になってくれない理由が気になってきた。特に理由はないのかもしれないけど……。


 個人の端末よりも情報量の多い図書館のデータベースを使い、気になるワードで検索をかける。


『α Ω 番にならない理由』


 検索中のロード画面から数秒ほど待つと、次々と文字がたくさん並んだ。


 ・過去に番を失ったことがある

 ・番を作らない主義

 ・本気じゃないから

 ・身体に何かしらの疾患がある


 まだまだ色々書かれてるけど、とりあえずめぼしい理由はこれぐらいかな。うーん……。


 過去に番を失ったことがある……っていうのは、以前の僕みたいに番を解除されたとか、もしくは番が亡くなった人のことだよな。でも、波留はずっと一人だったって言ってたし、それはないはず。


 番を作らない主義、ってこともないよな。

 だって、前世で波留は僕と番になりたがってたし。


 身体に疾患……。

 獣人の血を引いているらしい波留が人間の僕とは番えないっていう可能性もある? でも、それだったらそれで、前世の時に言うはずだよな。


 そうなると、本気じゃないからという理由しか残らないんだけど。……うん、これは一番考えたくないパターンだな。


「……ん?」


 情報を目で追い、最後に書かれていた文章に目を止める。


『番にならない理由は、個人により異なります。気になるのであれば、相手に聞いてみましょう』


 確かにその通りなんだけど、こういう答えを求めてたわけじゃないんだよな。ため息なのか苦笑なのか分からない声を漏らしてしまった。


「それができてたら、最初からそうしてるんだよ」


 調べたり、誰かに聞いたりしているよりは、本人に聞いた方が確実なのは分かってる。


 だけど、聞いても答えてくれるかどうか。

 そもそも、付き合いたての時期に番になりたいって伝えても断れてる時点でな……。玲人じゃないけど、さすがにこれ以上しつこくしたら、それこそ重いと思われそうだ。


 何か情報がないかと獣人のことを調べても、僕が求めているものは一つもなかった。


・人間が暮らしている場所とは離れたところに住んでいるらしい

・人間界に住む獣人もいるという噂がある

・獣人の存在は都市伝説


 うーん……。波留と初めて出会った日から数十年以上も過ぎたのに、いまだに獣人の存在は謎に包まれたままか。波留自身もよく分かってないみたいだし、波留のお母さんももう亡くなってしまったから、調べる手段もないんだよな。


 結局有益な情報が得られないまま、図書館を後にした。

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