それからだんだん寒くなって、吐く息が白くなる季節がきた。波留と手を繋ぐと始めはひんやりとしてても、体温を分け合うみたいにずっとそばにいた。
冬になっても、僕と波留の関係は変わらない。番にもなってないけれど、愛情が冷めたわけでもない。
波留が番おうとしてくれるまで待つつもりだったのに、もう一生番わないつもりなのかな。別にこのままだって問題ないし、波留と一緒にいられたら、それでいいんだけど……。
ふと夜中に目を覚まし、隣にいる波留に視線を向ける。そうしたら、波留の頭頂部でケモ耳がピクピク動いていた。ベッドの下で眠っているコナツと同じようなシルバーグレーで、ふわふわの耳。
「またケモ耳生えてる」
波留の寝息に合わせて動いているケモ耳にそっと触れる。すると、波留が軽く身じろぎした。
「ん……」
サッと手を離したら、波留はまた寝息を立て始める。
起きてはないみたいだけど、ケモ耳はやっぱり生えたままだ。
波留が体調を崩した日から、眠っている時にケモ耳やしっぽが生えている姿を時々見かけるようになった。両方生えている時は少なくて、大体ケモ耳だけだったり、ある時はしっぽだけだったり。
前世の波留は、こんなことはなかったのにな。まだ学生のうちはケモ姿になることはあっても、僕と結婚してからはほとんど人間の姿を保っていた。記憶が確かであれば、結婚後は一度も変身することもなかったはず。
波留の体質が変わった……?
「見てる分には可愛いんだけどな」
小声でつぶやいて、波留のふわふわな耳を軽くくすぐる。気持ち良さそうに眠っているのに、波留の口元がゆるく上がる。幸せな夢でも見ているみたいな姿が可愛くて、僕まで自然と笑顔になってしまう。
「大好きだよ、波留」
愛情がおさえきれなくて、波留の頬に軽くキスをする。
何度かそれを繰り返していたら、急に下から腕が伸びてきて、後頭部を掴まれた。
「オレもです」
波留の大きめの口が開いて、噛みつかれるみたいなキスを唇にされた。しばらくして唇が離れていき、目を開ける。すると、波留としっかり目が合った。
「起きてたんだ?」
「こんな可愛いことされてたら、起きますよ」
垂れ目がちな波留の目尻が、さらに下がる。
やっぱり好きだなぁ。波留の優しいこの目が好き。
僕も笑みを返し、頭の上の方についている波留の耳を撫でる。波留の耳がピクっと立ち、わずかに眉が寄った。
「また生えてました?」
「うん、最近よく生えるね」
軽く頷いて、コナツを撫でる時みたいに波留の耳を優しく撫でる。波留は困ったような表情を浮かべてから、視線を泳がせた。
「亜樹がいなくなって、一人の時間が長かったから……。それで、また一緒にいられるようになって、すごく嬉しいんですが……。幸せすぎるのに、身体も心も慣れてないのかも……」
「そういうもの? 慣れてきたら、あまり生えないようになるのかな?」
ケモ姿にならなくなったら、それはそれで寂しいような気もする。けど、波留の心情や立場を思えば、そっちの方がいいよな。獣人の存在はあまり知られていないみたいだし、周りにバレたら面倒なことになるだろうし。
「気になりますか?」
僕をチラリと見てから、波留はまた視線をそらす。
「僕は好きだよ。ケモ耳が生えた波留、可愛い」
普通の人間の姿の波留ももちろん好きだけど、ケモ耳やしっぽが生えた波留も可愛くて好きだ。特に迷うこともなく、ありのままの気持ちを伝える。
波留は一瞬言葉を詰まらせ、それからためらいがちに口を開いた。
「もし……オレが……」
「ん?」
「オレが一生このままの姿で、人間に戻れなくなっても、亜樹はそれでもオレを愛してくれますか?」
僕を下から見つめる波留の瞳はどことなく潤んでいて、声もわずかに震えていた。
波留の体質のことは出会った時から知ってるし、それから二人で色々なことを乗り越えて、今も一緒にいる。なのに、どうして今さら不安になるんだろう。
もしかして、変身しやすい体質になったから、周りにバレるかどうか心配してるのかな。それとも、僕が波留を不安にさせてたのかな。
「当たり前だよ。波留がこの姿のままでも愛してる」
波留のケモ耳に触れ、まっすぐに彼を見つめる。
もし波留の体質のことが噂になって東京にいられなくなっても、その時は二人でここから遠いところに行くか、なんなら海外に行ってもいい。大変かもしれないけど、波留と一緒だったら、きっとどうとでもなる。僕にとって一番辛いのは、波留と離れることなんだから。
「最初から全部知ってて、一緒にいるんだよ」
「そう、ですよね。でも、それが……もし……」
何かを言おうとして、波留はぎゅっと口をつぐむ。
「波留?」
僕が波留の名前を呼ぶのとほぼ同時に、下から腕を引っ張られ、ぐるりと体勢を変えられた。今までは波留の上に乗っかっていた僕が彼を見上げる形に。
「愛してます。ずっと一緒にいたい」
熱っぽい瞳で見つめられ、自然と僕の体温も上がる。『僕も』と答える前に、キスで唇を塞がれた。さっきキスした時よりも、波留の唇がずっと熱い気がする。
いつもよりも切実で情熱的なキスの合間に何度も『愛してる』と囁かれ、薬で薄くなっているはずのΩの本能がどんどん強くなっていくのが自分でも分かった。
僕も愛してる。波留じゃなきゃダメなんだ。
僕の番は、波留しか考えられない。今度こそ波留と番いたいんだよ。僕は衝動に任せ、波留から贈られたチョーカーを外す。
「噛んで、波留」
首をむき出しにして、下から波留を見つめた。
それまでずっとひっきりなしにキスを続けていた波留の動きがピタリと止まる。今さらひるむ必要も、ためらう必要もないだろ。玲人のことも颯大のことも全部解決して、もう僕たちの間には何の障害もないんだから。
「お願い……っ。波留と番いたい」
波留の首に両手を回し、訴える。
それでも何も言わない波留の身体にぎゅうぎゅうすがりつく。しばらくして、波留が僕を引き剥がし、うつぶせにさせる。僕が反応する前に、波留が後ろから入ってきた。
「あ……っ」
波留にしてはめずらしく、性急な行為だった。
だけど、それだけ強く波留が僕を求めてくれてると思ったら、どうしようもなく内側が熱くなって、奥にある子宮が疼いた。
波留、このまま僕を番にするつもりなんだ。
ようやくその気になってくれたんだな。
早く……っ。一番奥に欲を吐き出して、僕を波留のものにして。
波留と僕の息が一番荒くなったタイミングで、波留の鋭い歯が肌に食い込み、勝手に僕の身体が飛び跳ねる。けれど、波留が噛んだ場所は期待していた場所ではなく、僕の右肩だった。強く噛まれた右肩はジンジンと痺れていて、今噛まれたのがうなじだったら、確実に波留の番にされていたはず。でも、僕の身体は、未だに番を求めているフリーのΩのまま。
◇
翌朝、目を覚ました時には、もう首にチョーカーがつけられていた。波留は家にはいなくて、先に出たみたいだった。
僕も大学に行くために服を脱ぎ、洗面所の前に立つ。
鏡に映った僕の右肩には、波留の歯型がくっきりと残っていた。チョーカーの下のうなじは、もちろん綺麗なまま。波留が選んでくれた着け心地の良いチョーカーが、今日はやけに重く感じる。
「まだダメなのかよ……」
鏡の中の歯型をじっとりとにらみ、ため息をつく。
昨日の流れは、どう考えても番になるムードだったのに。波留を誰よりも愛してる。だけど、僕には今の波留が何を考えてるのか全然分からないよ……。