連絡しても返事がこないまま時間だけが過ぎ、もう波留が帰ってこないじゃないかと思いながら過ごした一週間。それでも予定通りに、波留は出て行った日からちょうど一週間後の木曜の夜に帰ってきた。
急に物音がしたから、一瞬泥棒かと思ってビビったけど、玄関にいたのはスーツケースを片手にした波留だった。
「あ、波留。おかえ……」
波留はただいまも言わず、言葉の途中で僕を抱き寄せる。
「波留?」
名前を呼んでも反応もなく、波留は僕を抱きしめている腕にさらに力を込めてきた。
僕は下げていた両手をゆっくりと上げて、波留の背中にそっと添える。よく見たら、波留のフワフワのしっぽがゆるく揺れていた。また生えてる……。
勘違いだったら恥ずかしいけど、家に帰ってすぐにしっぽを生やしちゃうほど僕に会いたいと思ってくれてたの?
「そんなに寂しかった?」
思ったままに聞けば、波留の頭が縦に動く。
波留の背中をさすると、ますます強く抱きついてきた。
身体だって波留の方が大きいし、今は波留の方が僕よりもずっと長く生きている。それなのに、こういうとこ可愛いなって思ってしまうし、波留は出会った頃の波留のままだなと安心する。
「僕もだよ。波留に会えなくて寂しかった」
そう伝えて、これ以上くっつけないぐらいに波留に身を寄せる。
出張中に一度も連絡をくれなかったことも、かなり怪しい言動ばかりだったことも、胸の奥ではまだ引っかかっている。それでも、こんな風に甘えてくれて、愛情を示されたら……。
もしも僕に何か隠していたとしても、たとえ裏切られていたとしても、波留と別れるなんてやっぱり無理だ。
今ここに波留がいてくれる――それだけで十分だって思ってしまうんだから。
しばらくしてから身体を離し、キッチンの方に視線を向ける。
「今から夜ごはん作るとこだったんだ。もしごはんまだなら、波留も食べる?」
波留が頷いたので、そのままキッチンに移動する。
冷蔵庫から野菜と肉を取り出したところで、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「やっぱり一緒に作ります」
「疲れてるんじゃないの? ゆっくりしてなよ」
波留の右腕の上から自分の手を添えて、軽くさする。
「亜樹の顔見たら元気になりました」
波留は耳元で囁き、またぎゅーっと抱きしめてくる。
……本当に作る気ある?
二人で作ったら早く作れるはずなのに、結局いつもの倍以上の時間をかけて、ようやく夜ごはんが完成した。ほとんど材料がなかったから、残り物の野菜を全部入れたスープと余っていたひき肉で作ったハンバーグだ。
「亜樹が作ったハンバーグ、昔からずっと変わらない味ですね」
形の悪いハンバーグを食べながら、波留はしみじみと言った。そこまで壊滅的というほどではないと思うけど、お世辞にもおいしいとは言えない味だ。なんで普通に焼いてソースをかけただけなのに、こうなるんだろうな。
「進歩がないって言いたいんだろ」
「そうじゃないですよ。好きだなって思っただけです。亜樹が作った料理を食べられて、幸せです」
ほんの軽口で言ったつもりだったのに。
思いの他全力で否定されて、反応に困ってしまった。
そこまで言うほど感動的な料理でもないと思うんだけどな。
「大げさだな。食べたければ、いつでも作ってあげるのに」
「うん……」
目の焦点が合ってないような虚ろな表情で、波留はぽつりとつぶやく。そして、箸を持ったまま固まってしまう。
それきり波留はほとんどしゃべらなくなってしまって、ごはんを食べる速度もかなり遅くなってしまった。さっきまではハイテンションだったのに、急に静かになったな。
「やっぱり疲れてるんじゃん。お風呂入って、早く寝よう」
それだけ言って立ち上がり、お風呂を入れる準備をする。出張の話を聞こうと思ってたけど、疲れてるみたいだし、今日はやめておくか。
ほどなくしてお風呂が沸いた時の音がなったので、まだぼんやりしている波留の肩を揺する。
「お風呂沸いたみたいだよ。波留、先入ってきたら?」
うんと頷いてから、波留は僕の服の裾をぎゅっと握った。裾を軽く引き、波留はすがるような上目遣いで僕を見つめてきた。
「一緒に入りませんか?」
「一緒に……? まあ、いいけど」
ゆっくり湯船に浸かりたいかなと思ったんだけど。波留に誘われて、二人で入ることに。
後ろから波留に抱きしめられる形で、二人で浸かるには狭い浴槽に浸かる。両腕でしっかりと僕を抱いた波留の息が左耳にかかる。
「落ち着かないんだけど」
なんだか全身がムズムズしてきて、そう訴えた。
波留はくすりと笑って、僕の左耳に息を吹きかける。首筋がゾクっときて、思わず身をよじる。
「わざとやってるだろ……」
「そうですね」
悪びれもせずにそう言って、波留は僕の左耳に舌を這わせた。
「そんなことされたら、変な気分になるんだけど」
湯気で曇った浴室の中で、ハァと息を吐く。
「いいですよ。オレはもうとっくにそういう気分になってますから」
また熱い息を吹きかけられ、ぎゅっと目をつぶってしまう。お湯の温度はそこまで熱くないはずなのに、もうのぼせそうだ。
「こっち向いてください」
言われるままに、ゆっくりと後ろを振り向く。
僕を見つめる波留はいつもよりもずっと甘えた瞳をしていて、見ているこっちまで照れてしまう。
視線を背けようとしていたら、波留がすっと顔を近づけてくる。波留から目が離せずにいるうちに、唇がゆっくりと重なった。柔らかい唇を押しつけられては、また離れていく。何度か繰り返してから、キスが深くなっていって、気がついたら僕は波留の首に両手を回していた。キスに夢中になってのぼせそうになっていた身体を抱き上げられる。
胸の奥がずっと熱くて、息がうまくできなかった。
それでも波留の腕の中が心地よくて、目を閉じる。――あとは、湯気の中で過ごす二人だけの甘くて熱い時間が流れていった。
お風呂を上がってからも、波留はずっと僕にぴったりくっついてきた。
膝枕を要求してきた波留の頭をドライヤーで乾かしつつ、手で生乾きの彼の髪を撫でる。お風呂に入っている時にしっぽが引っ込んだのに、今度はケモ耳が生えていた。ついでにケモ耳にもドライヤーを当てておく。
「コナツよりもくっついてくるな」
むしろコナツの方が遠慮しちゃって、僕たちから離れたところにいるし。
「一週間も離れていたので……」
波留は首を傾け、僕を見上げた。
今日の波留は、大人の男とは思えないぐらいに甘えてくる。ここまでひっついてこられたら動きにくいけど、悪い気はしない。僕だって、この一週間波留に会えなくて寂しかったし。
「一週間でそれなら、僕たち遠距離恋愛はできないね」
「……できないですよ。絶対無理」
少し間があってから、波留はフルフルと頭を横に振り、僕の膝に顔を埋めた。ふわふわの耳が生えた波留の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
玲人が変なこと言い出すから、僕も一瞬だけ波留を疑ってしまった。でも、やっぱりそんなはずないんじゃん。
聞くまでもなく、波留は僕をこんなにも好きでいてくれているんだから。