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第九十一話 偏った一般論

 それから四日後の昼休み。この前の報告も兼ねて玲人と颯大を誘い、学食でランチを食べることに。


「だから、やっぱり波留は浮気してなかったんだよ」


 波留がいつも作ってくれる弁当を食べながら、玲人たちに出張から帰ってきた後の波留がいかに優しいかを伝える。


 波留は前から優しいけど、出張が終わってからは、ますます優しくなった。僕の体調や大学でのことも常に気にかけてくれるし、弁当や夕ごはんも僕の好きなメニューを必ず入れてくれる。それに、なるべく二人で過ごす時間を作ってくれて、一緒にいる時間も増えたし。


 出張から帰ったばかりの今だけかもしれないけど、少なくとももう波留の心変わりは心配しなくてもいいよな。


 そう思ったのに、玲人が僕に向ける視線は、可哀想な人でも見るかのような目だった。何なんだよ、その目は。


「お前、それさ、浮気してるやつの典型的な行動パターンじゃん」

「は?」

「やましいことがあるから、優しくなんだよ。知らねぇの?」


 『常識だろ』と、玲人は大げさに肩をすくめた。


 いちいちムカつくジェスチャーやめろ。言っていることは正論だったとしても、玲人の態度と言葉使いで苛立ちが先にきてしまう。大体、お前に常識を説かれたくないんだけど。


「玲人の実体験?」


 颯大は焼肉定食を食べながら、冷めた目で玲人に強烈な皮肉を放った。


「ちげーって。何でそうなるんだよ。だから、一般論だって言ってんだろ」

「他の人の口から出たら『まあそうだよな』って聞ける話でも、玲人が言うとものすごく偏ったに聞こえるのは何でだろうな」

「日頃の行いのせいだな」


 颯大と二人で玲人を責め立てると、玲人は箸をぎゅっと握りしめ、口をモゴモゴさせていた。

 効いてる効いてる。ちょっとは反省しろ。


「二人して酷くね?」


 玲人がジトっとした目で僕と颯大を交互に見てくるから、わざと視線をそらす。正面を見たら、颯大も僕と同じようにしていた。


「俺は浮気はしねーから。な? 亜樹?」

「何で僕に聞くんだよ。知らないよ」

「ひでー、そこはうんうんって同意してくれてもいいじゃん。親友の恋を応援してくれよな」

「親友でもないし、玲人じゃないんだからいい加減なことは言えないよ」


 適当に返事をしながら、水筒に入れたお茶を飲む。


「これは一般論だけどな? 浮気相手に会いにいった後、罪悪感から優しくなるやつなんてざらにいると思うぞ? でもまあ、人それぞれ考え方はあるしな? 亜樹が見てみぬフリするなら、それでいいんじゃね?」


 さっき僕たちに責められたことの仕返しなのか、玲人があえて苛立たせるような言い方をしているように感じた。というか、絶対そうだよな? わざと怒らせにきてるよな?


「波留は違うけど、そういう人もいるだろうね。これもあくまで一般論として聞いてほしいんだけど、一回目の告白でフラれたら、その後の告白の成功率はぐっと下がるんだって」


 ちょっと大人げないかなと思ったけど、さすがにイラっとしてしまって、つい玲人にやり返してしまった。案の定玲人は口をあんぐりとあけて、身を乗り出してくる。


「お前……っ! ケンカ売ってんの?」

「別に玲人のことなんて言ってないじゃん。それとも、心当たりでもあるの?」


 玲人は大きな音を立て、椅子から立ち上がる。


「二人ともやめろって。注目集めてるから」


 颯大がすぐに玲人の腕を引き、椅子に座らせる。


 辺りを見回すと、たしかにみんながこちらを見ていた。居心地が悪くなって、軽く頭を下げる。見たら、玲人もおとなしく椅子に座っていた。


「ごめん、玲人。言いすぎた」

「いや、俺の方が先に煽ったから」


 ポツリと玲人に謝ったら、玲人も素直に謝罪を返してきた。


 この前も玲人とは同じようなやりとりをした気がする。

 たぶん今の僕にとっての一番触れられたくないことが波留の浮気疑惑で、玲人にとってのソレが颯大との関係なんだろう。


「本当は、僕だって怪しいと思ってるよ。でもさ、それでも信じたいんだよ。波留はそんなことしてないって、僕たちは大丈夫だって」


 波留が作ってくれた弁当を見つめたまま、心のうちを打ち明ける。しばらく待ってみても、二人からの反応はなかった。こんなこと言っても、困らせるだけだったかな。


「さっきも言ったけど、亜樹がそれでいいんなら、それが正解なんだと思う」


 だいぶ間があってから、玲人が静かに言った。数分前と同じようなことを繰り返したのに、さっきのふざけたトーンとは打って変わって、顔も口調も真剣そのものだった。


「うん、俺もそう思うよ。知りたくなくても真実を知る時がいずれ来るだろうし」


 玲人の言葉に付け足すようにして、颯大は言った。


「颯大からそれを言われると、グサっとくるな」


 颯大はそういうつもりじゃないんだろうけど、波留への気持ちを隠して颯大と付き合っていた時のことをどうしても連想してしまう。


「ああ、ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃないよ」

「うん、分かってる。ありがとう、ちょっと元気出たよ」

「何も解決してないけど、大丈夫そ?」


 玲人が茶化してきたけど、大丈夫とうなずいておいた。


 波留が何か隠してるんじゃないかって大げさに考えていたけど、案外大したことでもないかもしれない。――そうであってほしい。

 とにかく、もう少し波留を待ってみよう。そのうち全部解決して、番になれる日がきっと来るはずだから。



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