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第九十二話 彼氏の怪しい行動

 波留を信じるって決めたものの、それからの波留の様子はますますおかしくなっていた。


 朝出かける前で忙しい時間帯の今だって、洗面所の鏡を見つめたまま、またぼんやりしているし。最近の波留は、ことあるごとに鏡の前で立ち止まり、自分の姿を見つめている。今は何もないけど、ケモ耳が生えてくる辺りの髪を指先でいじっては食い入るように鏡の中の自分を見ていた。


 前までは、そんなに髪型を気にしてなかったよな?

 明らかに鏡を見る頻度が多すぎると、容姿を気にするような相手ができたのかなとか疑っちゃうんだけど。


 手にコナツのリードを持ったまま、僕はその場でたちすくむ。


「ワンワン!」


 コナツに服を引っ張られ、ハッとした。


「ああ、ごめんな。散歩に行こうな」


 散歩に行きたくて興奮気味のコナツを軽く撫でてから、波留に近づく。


「波留のジョギング用のシューズってどこいった? 昨日雨でスニーカー濡れたから、貸してくれない?」


 ようやく鏡から視線をそらした波留は一瞬ぎくっとしたような顔をしてから、苦笑いを浮かべた。


「あ、ごめんなさい。それ、捨てちゃいました」

「え?」


 予想外のことを言われ、変な声が出てしまう。


「捨てたって、靴を? まだ新しいじゃん。この前も買ったばかりの服を捨ててなかった?」

「あ、あー……と、ミニマリストになろうかなと思って」


 波留は視線を泳がせ、よく分からないことを言った。


 だからって、靴や服までごっそり処分する必要ある? 必要なものなんじゃないの? 元々波留は私物が少ないのに、これ以上どうミニマリストになるんだよ。


 波留、まさか僕を置いて引っ越そうとしてないよな?

 それで浮気相手のところに行くつもりなんじゃ……。

 だったら、なんで優しくするんだよ。なんで大切な宝物みたいに触れてくるんだよ。それも全部罪悪感からなの?

 あああ……、ダメだ。もう全部が浮気に結びつく。


 嫌な疑惑が頭の中を占めそうになるのを無理矢理振り払い、笑みを作る。


「だったら、僕もモノ減らした方がいい?」

「え? ……あ、や、オレが勝手にやってるだけなので、亜樹はどっちでもいいですよ」

「でも、ミニマリスト目指すなら、モノ少ない方がいいんじゃないの?」

「まあ、そうなんですけど……。あ、それよりも替えのスニーカーないなら、買ってきましょうか?」

「いやいや、いいよ。もったいない。違う靴はいていくから」

「そうですか? ほしいものがあったら、なんでも言ってくださいね」


 波留は僕の手に軽く触れ、優しく囁く。


 こういうのもなぁ。最近多いんだよな。

 浮気後は罪悪感から優しくなるって玲人のアレを思い出してしまうから、あんまり素直に喜べない。


「今は特にないから大丈夫。とりあえずコナツの散歩行ってくるな」


 コナツのリードを引いて、玄関に連れて行く。

 靴箱から散歩に履いていけるようなものをゴソゴソと探していたら、いつのまにか波留が後ろにいた。


「オレも行きます。今ぐらい早い時間なら、知り合いにも会わないと思いますし」


 鏡ばっかり見て断捨離してるわりには、外に行く時も一緒にいようとする。波留の行動に一貫性がなくて、よく分からないんだよな。


 ◇


 散歩から帰ってきた後は、軽くコナツの足をタオルで拭いてから、先に僕がシャワーを浴びさせてもらった。


「波留、次シャワー……、ん、寝てる?」


 風呂場からリビングに戻ってきたら、波留もコナツも身体を丸め、カーペットの上で眠っていた。波留までコナツと同じように足も腕も隠し、くるんと丸くなっている。しかも、ケモ耳もしっぽも生えていた。


「本当に犬みたいだな」


 すやすや眠っているコナツを撫でてから、波留も撫でる。二人ともピクピク耳が動いていて、仕草まで全く同じ。


「ん……」


 しばらく撫でていたら、波留のまぶたが震え、ゆっくりと開く。


「あれ、寝てました?」


 目をこすりながら、波留は僕を見上げた。


「うん、コナツと同じ格好で寝てたよ。最近の波留、コナツみたいだな」


 フフッと笑い、まだ眠っているコナツを撫でる。


「えっ!」


 その瞬間、波留はバッと身体を起こし、手で顔を押さえた。


「オレが、コナツみたい、ですか……?」

「そんな驚く? ペットって飼い主に似るって言うだろ」


 コナツから手を離し、波留をマジマジと見つめる。

 耳もしっぽもピンと立てた波留は、自分の顔を確かめるように手でなぞっていた。


「ああ、なんだ、そういう……」

「顔は何も変わらないだろ? 毛が生えてるのはこっち」


 顔を覆っている波留の手を取り、頭の上に生えているケモ耳を触らせる。


「よかった……。あの、生えてるの耳だけですよね?」


 自分の耳を触りながら、波留は不安げな表情でこちらに視線を向けた。


「いや?」

「えっ……」

「しっぽも生えてる」

「ああ、なんだ、しっぽか……」


 波留は一瞬青ざめたかと思ったら、すぐにほっと息を吐いていた。何か変な反応だな?


「耳としっぽ以外は生えないよな? 波留と一緒にいて、一度もそれ以外の毛が生えてるところは見たことないけど」


 もしかして僕が知らないだけで、顔や腕もモフモフになったりする時もあるのかな? 単純な興味から聞いてみたつもりだった。


「あ……、そ、そうですよね……」


 けれど、波留は顔色を曇らせ、ぎゅっと唇を噛み締めていた。


「波留?」


 また体調でも悪いのかな。最近ますますケモ耳としっぽが生える頻度も増えてきたみたいだし。もしそうだったら、一度病院に行くことを勧めないと。


「そ、そろそろ仕事に行く準備しないと」


 ちゃんと話をする前に波留は立ち上がり、シャワーを浴びに行ってしまった。


「変なの。なぁ、コナツ。波留、どうしちゃったんだろうな」


 後に残された僕は、コナツに話しかける。

 コナツからの返事はもちろんなく、やっぱり気持ち良さそうに眠っていた。コナツは悩みがなさそうでいいな。案外コナツも大変なのかもしれないけど、たまにコナツがうらやましくなる。

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