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第九十三話 膨らむ疑惑

 気がついたら部屋から波留の私物が減るようになって一ヶ月が経ち、大学の春休みに入った。休みになってからは、ちょくちょく波留に誘われて、何度か二人と一匹で旅行にいっている。


 バイトを休んで、コナツも一緒に泊まれるホテルを探し、車で旅行に行くのも、今回の長野旅行でもう三回目だ。しかも一泊二泊じゃなくて、毎回一週間ぐらいは連泊していた。


 旅行に行くのは全然良いし、コナツも楽しそうにしている。波留たちとずっと一緒にいられるのは僕も嬉しいんだけど、お金のことが少し心配になってきた。旅行の度に毎回バイトも休んでいる学生がそこまでお金を持っているわけもなく、春休みの旅行代はほぼ全額波留が払ってくれている。


「お金大丈夫なの?」


 旅行中にこんな話をするのもどうかと思ったけど、どうしても気になってしまって、運転中の波留に話しかける。


 もちろん学生の僕よりは波留の方が余裕はあるだろうし、これまで貯めてたお金だってあるのかもしれない。

 だけど、生活費も多少払ってるとはいえ、ほとんど波留に出してもらってるから、余計に気になってしまう。


「お金の心配なんてしないでください」

「無理させてるなら、申し訳ないと思って」

「無理なんてしてないですよ。せっかく旅行にきてるんだから、楽しみましょう?」


 無理してないなら、いいんだけど。

 でも、本当に大丈夫なのか? もしかしてこの旅行、最後の思い出作りとかじゃないよな。そんな嫌なことが頭をよぎってしまうぐらいには、波留は旅行中も惜しみなくお金を使っていたし、僕がちょっと見てただけのものも勝手に買ったりもしていた。


 ……さすがに考えすぎか? 波留だって社会人だし、それなりにお金は持ってるんだよな。うん、そう思っておこう。あまり腑に落ちないながらも、ひとまずはそう言い聞かせ、自分を納得させた。


 ◇


 昼は城や寺を巡ってから、ホテルに戻って夕食を食べる。星空が綺麗に見える場所が近くにあるみたいなので、お風呂だけ済ませ、また外に出てきた。


 車で十分ほど走り、標高が高くなっていくにつれ、星がくっきりと見えるように。たくさんの星がキラキラと輝いていて、ポロッと落ちてきそうなぐらいに近くに見える。


「この辺でいいですか?」


 人気ひとけのない山道で波留はサイドブレーキを引き、道路の端に車を停めた。後部座席に乗っているコナツがどこにいるか見ながら、僕たちはシートを軽く倒す。


「昔、亜樹と結婚してからもこうやって星を見たこと、覚えてますか?」


 波留は顔だけを僕の方に向け、手を繋いできた。


「うん、よく覚えてるよ」

「また亜樹と星が見たくなって。星が綺麗に見えるところをずっと探してたんです」


 僕を見つめながら、波留は指先を絡ませる。


「あの時はさ、波留だけが年を取らないから、いつか僕だけが波留を置いて先に死んじゃうんだろうなって思ってた」


 パートナーと同じタイミングで死ねる人なんてめったにいないだろうし、どのみちどちらかが先に死ぬんだろうけど。あの時の僕たちは、あまりに寿命差があるように思えて、そればっかりが僕の頭を支配していたんだ。


「今度は一緒に年をとっていけたらいいな」


 僕も波留の手を握り返し、見えないだろうけど笑いかける。


「うん……。そう、ですよね……」


 車内は暗くて表情はほとんど分からなかったのに、波留のテンションが一気に下がったのが声だけでも分かった。


「あ、ごめん。また波留に負担かけるようなこと言って。もし波留が年を取らなくても、僕はもう大丈夫だから。何度だって波留に会えるって、信じてるし」


 波留との関係が一時期ぎこちなくなるぐらいには、あの時の僕は自分だけが年をとっていくことに強い不安を覚えていた。でも、こうやって波留に再会できるって分かったから、もう大丈夫だ。


 そう思って伝えたのに、波留の反応は僕が予想していたものとはだいぶかけ離れていた。


「ああ、いや……、そうじゃなくて……」


 波留は言い淀み、口をつぐむ。


「オレは……」


 何か言いたげにしている波留の言葉を待つ。

 よほど言いづらいことなのか、波留は何度も何度も口を閉じては開いてを繰り返していて、なかなか切り出さない。それでも急かさずに、波留が自分から言い出してくれるまで待っていた。

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