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第二十六章 番になれない理由

第九十六話 まだって何?

 翌朝。いつもよりもずっと早く目覚めたはずなのに、僕の隣には波留はいなかった。ベッドの下にはコナツが寝ていたから、コナツの散歩に行ったわけでもない。大学も休みだから、大学に行ったわけでもないだろうし……。


「……波留?」


 ベッドから起き上がり、波留を探す。

 波留の私物がほとんどなくなった部屋には、波留の気配さえない。キッチンにも、浴室にも、トイレにも、ベランダにも。


 一応確認はしたけど、正直確認する前からもう結果は分かってた。ついに波留がいなくなる日が来ただけ。波留は着々と準備を進めていたし、どのみちいつかこうなるはずだったんだよ。昨夜だって、最後のお別れのためのセックスをしたじゃないか。僕も覚悟はしてたはずだろ。


 そう自分に言い聞かせてみても、やっぱり無理だ。

 波留がいない人生なんて、これからどうやって生きていったらいいんだよ。


 最後に確認したベランダのドアを閉めて、その場にうずくまる。


「くぅ〜ん……?」


 膝に顔を埋めていたら、コナツが心配そうに寄ってきてくれた。


「心配かけてごめんな、コナツ」


 変身した時の波留のふわふわ具合によく似た毛並みを持つコナツを撫でる。コナツに触れていると、最近なぜかよくケモ耳やしっぽを生やすようになった波留をどうしても思い浮かべてしまう。もう二度と波留を撫でることも、触れ合うことも出来ないと思うと……。


「波留、どこに行ったか知らない?」

「わふわふ」


 コナツに聞いてみても、当たり前だけど、求めている答えは返ってこない。どのみち、コナツが知るわけないか。


「せめてお別れの挨拶ぐらいしていけよな……」


 大体コナツは連れていかなくて良かったのか?

 後に残された方としては呆然とするしかなくて、もうため息しか出てこない。


「コナツもそう思うよな?」

「わんっ」


 僕の言葉が分かっているのか分かっていないのか、話しかける度にコナツは返事をしてくれる。てっきり波留はコナツも連れていくものだと思ったけど、コナツを残していってくれて良かったのかもしれない。


 もし一人だったら、もっと辛かっただろうから……。

 コナツがいて救われた部分はあった。それでも、やっぱり耐えきれなくて、我慢していた涙が勝手に溢れる。


 コナツを撫でていた手を下ろし、もう一度膝に顔を埋める。


「くぅーん……」


 心配かけてごめんな、コナツ。

 コナツは何も悪くないのに。だけど、僕……。


 ◇


 しばらくそうしていた時だった。


「ただいまー」


 玄関からガチャガチャ物音がしてから、のんきな声が聞こえてきた。


 ……え? 波留?

 何で? 


「わふっ」


 コナツがいなくなったのが気配で分かり、僕もおそるおそる顔を上げる。そこにいたのは、出ていったはずの波留。足元にまとわりついてるコナツを撫でて、それからこちらに視線を向ける。


「え。どうかしたんですか?」


 たぶん涙で濡れているだろう僕の顔を見て、波留はぎょっとしたように近寄ってきた。


 波留が出て行ったと思ったのは、僕の勘違いだった?

 それなら良かったけど、変な勘違いをしていたなら、それはそれで恥ずかしい。


「波留が、出ていったかと思って……」


 もう正直に答えるしかなくて、仕方なくボソボソと答える。


「ええっ、違いますよ。それは、まだ……」


 何かを言いかけて、波留は慌てて口をつぐむ。

 気のせいじゃないよな。今、聞き流せない言葉が聞こえたんだけど……。


「まだ?」

「……あ」


 波留は口を開いたまま、視線を泳がせる。それから、あからさまに罰が悪そうに目を伏せた。


 隠しごとをしたいなら、もう少し上手くやればいいのに。そういう反応されちゃったら、さすがにもうこれ以上気づいていないフリはできないよ。


 涙を手の甲で拭い、一つ息を吸う。


「まだって何? やっぱり近いうちに出ていくつもりだったんだな」


 ため息混じりに吐き出した言葉は、自分が思っていたよりもずっと責めるような口調になってしまった。



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