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第九十七話 ずっと言えなかった真実

「あ……いや……っ」


 波留はその場で立ち尽くしたまま、言葉に詰まった。

 たぶん本人は気づいていないけど、またケモ耳としっぽも生えている。


 僕たちの間では、コナツが心配そうにウロウロしていた。大丈夫だよとコナツを撫でてから、もう一度波留に視線を戻す。


「この前は否定してたけど、他に好きな人が出来たんだよな。それならそうだって、はっきり言ってほしい」


 本当はそんなこと言われたくないし、聞きたくもない。

 でも、いつまでもズルズルと嘘をつかれているよりはマシだ。


 耳を塞ぎたい気持ち半分、いっそのこと早く真実を知って楽になりたい気持ち半分。何も知りたくないようで知りたくてたまらないという矛盾した気持ちを抱えたまま、波留の返事を待つ。


「違いますよ。オレが好きなのは亜樹だけです」


 ずっとうろたえていたけど、波留はそれだけはきっぱりと言い切ってくれた。てことは、本当なのかな。僕だって波留を信じたい。でも、……。


「でもさ、僕の前から去ろうとしてるよな?」

「それは……」

「もう……、無理だよ。これ以上気づいてないフリしてあげられない」


 大きく首を横に振ってから、波留を見上げる。


「本当のことを言って、波留」


 波留の目をしっかりと見て言っても、波留は何も答えない。


「波留」


 もう一度波留の名前を呼ぶ。

 そうしたら、波留は観念したように息を吐いて、僕の隣に腰を下ろした。大きな背中を丸めたその姿は何かに怯えているように見え、ますます胸が苦しくなる。


「本当は……、ちゃんと話すつもりだったんです」


 波留の耳もしっぽも垂れ下がっていて、優しい声も、今は震えていた。よっぽど言いにくい――というか、言いたくないことなんだろうな。身体に触れなくても、隣にいるだけで波留の不安が伝わってくる。


 だけど、たぶん僕は波留以上に不安を感じていると思う。だって、もう逃げ出したいし、正直続きを聞きたくない。でも、聞かなきゃ。


 必死に自分に言い聞かせ、僕は唇をぎゅっと噛んだ。


「今日こそ言おう今日こそ言おうって、ずっと思ってた」

「うん」

「でも、亜樹の顔を見たら、言い出せなくなって……」


 波留がため息をつき、視線を下げる。


 どのみちどう転んでも悪い話なんだろうけど、波留の口振りじゃ最悪のシナリオしか思いつかない。


 他に好きな人が出来た、とか。

 もしくは、もう僕に気持ちがなくなった、とか。

 でも、愛はなくなっても情は残ってるから、僕に申し訳なさを感じてずっと言えなかったとか、そういう。


 転勤だったり、離職だったりで、ただ離れるだけなら、こんな言い方する必要ないもんな。それなら、別れる必要もないし……。


「それに、オレ自身が亜樹と一緒にいられなくなる未来を受け入れられてなくて。どうにかここに残る方法はないのかなって、ずっと探してたんです」

「……?」

「だけど、結局それも無理そうで……」

「無理そう?」

「はい。誰に聞いても、ここに残るのは無理だって」


 疑問を持った僕を置いてけぼりにして、波留はどんどん話を続けていく。でも分からないままで続けられても、余計に混乱するだけ。


「ごめん、一回待って。話が見えてこないんだけど」


 何から聞けばいいのか分からない。

 ――でも、そうだ。まずは一番大切な部分を確認しないと。


「波留は、ここに残りたいと思ってたの?」

「それは、はい。もちろん」

「何で?」

「何でって……、亜樹がいるから。好きな人と離れたくないからに決まってますよ」


 戸惑いながらも、波留は僕の目をまっすぐに見て言ってくれた。その瞬間、収まったはずの涙がぶわっと込み上げてくる。


 それだけ聞ければ、もう十分だ。

 唇を噛み締め、波留の胸に飛び込む。


「え……っ」


 僕の勢いに驚いたのかな。波留は少し戸惑っているみたいだった。それでも、ためらいがちにではあったけど、波留もすぐに僕を抱きしめ返してくれる。僕の背中にそっと添えられた波留の手があまりにも優しくて、張り詰めていた緊張の糸が緩んでいくようだった。


「だったら、それを早く言ってよ」


 言葉を吐き出してから、大きく息を吸う。

 太陽みたいな波留の匂いが鼻に飛び込んでくる。前よりも獣感が増したけど、相変わらず安心する匂い。

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