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第百二話 残していく友達

「颯大」


 玄関を出たところにちょうどいた颯大に後ろから声をかけ、引き止める。すぐに颯大も振り向き、視線が合った。


「助かったよ。ありがとう」

「全然。俺もちょうど帰省してたから」

「俺からもお礼を言わせてください」


 『ありがとうございます』と頭を下げた波留に対し、『やめろって』と颯大は波留の背中を遠慮なく叩いていた。


「改まってお礼なんて言われると気まずくなるだろ」

「それもそうですね」


 二人は視線を交わし、笑い合っている。


「じゃあ、車の準備しておくから、その間二人で話しててください」


 波留は僕に声をかけて、乗ってきた車の方に歩いていった。車の準備も何も、この時期にエアコンも必要ないし、キー入れてエンジンかけるだけなのに。


 たぶん気を利かせてくれたんだろうな。

 ……僕が最期に颯大と二人で話せるように。


 波留が運転席のドアを閉めたのを見届けてから、颯大の方を見る。


「本当にありがとうな。颯大がタイミング良く来てくれなかったら、永遠に反対されてたと思う」

「そんなだった?」

「三時間以上ずっとあんな感じだったよ」

「それは厳しいな」

「お父さんもお母さんも、昔から颯大には甘いから」

「家族ぐるみの付き合いだからな」 


 颯大は終始笑みを浮かべながら、和やかに会話を続けている。


 家族ぐるみの付き合いで、颯大を信頼してるからこそ、お母さんもお父さんも颯大と結婚してほしがってたんだよな。颯大だって僕だって、別れる前は結婚するつもりだったし。


 颯大はもっと僕を非難してもいいはずなのに、今日だって僕たちをかばってくれたんだよな。最後の最後まで、颯大には助けられてばっかりだったし、迷惑もかけ通しだったな。


「あの、颯大にも悪いことしたと思ってる。本当にごめん」

「それはもう謝るなって。もう解決したし、とっくに吹っ切れてるから」

「……うん、ありがとう」


 これ以上はあまり深掘りしない方が良さそうな気がして、それだけに留めておく。


「本当に行くんだな」


 表情は笑顔のままだったけど、颯大の口調はしんみりとしたものだった。


 颯大には、電話で事情を説明してある。

 颯大にも波留が半獣人だってことは言ってないから、親に説明したのと同じく、「遠い国に行く」というのだけど。


「……うん」


 前世の記憶を取り戻すまでは、波留よりも颯大との思い出の方が多い。今だって、颯大は僕にとって大事な人だ。


 だから、もう少しちゃんと別れの挨拶をしたかった。

 それなのに、肝心な時になると、何を言えばいいか分からなかった。もしかしたら、これが最後になるかもしれないのに。


「今までありがとう、颯大」


 とりあえずお礼だけは伝えないと。

 そう思い、どうにか声を絞り出す。


「ん。玲人が寂しがるな」

「あー……、どうかな」


 これからは玲人の顔を見ずに済むから、セイセイする。てっきり自分がそう感じるかと思ったのに、いざとなってみたら案外寂しくなるもんだな。もうあいつと軽口叩き合うこともなくなるんだなって思ったら、なんか……。


「まあ、玲人は大丈夫だろ。颯大がいるし」


 でも、玲人に会えなくなって寂しいなんて口に出すのはやっぱりシャクだから、代わりにそんな言葉を口にする。


「颯大。玲人とは……今どんな感じなの?」


 春休みで会ってない間はほとんど連絡も取り合ってなかったけど、その間二人は何か進展があったのかな。ふと気になって、颯大に質問を投げる。


「そこそこだな」

「そこそこ?」

「……ん」


 曖昧な言い方だったから聞き返したのに、颯大の返事はやっぱり曖昧なまま。それでも、颯大の表情はどこか照れているようにも見える。上手くいってるのかな?


 すぐに恋人とまではいかなくても、この調子だったら、玲人にとって悪い結果にはならなさそうだな。


 見届けられないのが残念ではあるけど、とりあえず上手くいきそうで良かった。


「じゃあ、行くな」


 さすがにずっと波留を待たせておくのも悪いので、話を切り上げる。


「うん、また」


 『また明日な』みたいな軽いノリで、颯大は手を振る。


 小学校から高校まで、ちょうどこの家の前で毎朝集合して、一緒に学校に通った。帰りも、いつも一緒だった。

 『おはよう』

 『またな』

 毎日毎日同じやりとりを繰り返して。あの時は永遠に同じ日々が続くような気さえしていたのに。


 もう違うんだ。『また』はないかもしれない。

 覚悟はしていたはずなのに、あの頃と同じような颯大の『また明日な』を聞いたら、胸が苦しくなった。


 けれど、無理矢理笑顔を作り、どうにか手を振り返す。

 それから、逃げるように助手席のドアを開けた。


 シートに深く腰かけ、無言でシートベルトをつける。

 行きと変わらないはずなのに、シートベルトがやけに窮屈に感じた。


「あの……」


 よっぽど僕は酷い顔をしていたんだろうな。

 波留の方を見なくても分かる。何か言いたげな波留の視線を隣からヒシヒシと感じるから。


「この前も言ったけど、何も捨ててないから」


 波留が余計なことを言う前に、僕は下を向いたまま、早口でそう言った。


「僕には波留がいる」


 恋のために全部捨てるなんて今時流行らないし、全部手に入れようとする生き方が当たり前だ。


 だけど、僕にとっての波留は、捨てるとか捨てないとか、それ以前の問題なんだよ。波留は一緒にいたい人でもあり、一緒にいないといけない人でもあって、僕の全てだ。


 波留が一緒だったら、きっとどこででも生きていけるし、また新しく一から始めたらいいから。


「帰ろう、波留」

「……はい」


 波留は一瞬だけ目の辺りを指で拭ってから、ミラーを直す。そして、ブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んだ。

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