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第12話 真神の密談


 若衆たちの交わるあの本を見てしまってから、美優人は気分が落ち着かなかった。


 真神への読み聞かせも、「今日は少し仕事を進めたいから」と言われて、断られた。美優人を気遣ってくれたのは間違いない。


 あの本の内容が気になる。

 けれど、貸して欲しいと言うわけには行かないし……。


 一度自室に戻った美優人だったが、さすがに、もんもんとしていて、落ち着かない。


 真神は、ああいうことをするともりはないとは言ったが、本心ではどうなのだろう。


(僕に、一目ぼれをして下さったと仰っていたから……)


 一目惚れ。


 美優人は、自分が真神を好きだと――真神に対する、欲望を伴った恋情を、ハッキリと自覚したばかりだった。そして、真神も一目惚れをしてくれたと言っていた。


 つまり、美優人の片恋ではなく、真神と美優人は好き合っていると言えるだろう。好き負ったもの同士、しかも大人の男の人ならば、ただ、手を繋いだり、カフェーでお話しをしたりということだけではないだろう。


(口を吸われたり……?)

 抱きついたことはある。温かくて、存外しっかりした身体付きだった。


 美優人は、接吻の経験はない。想像が付かないが……、真神と接吻をすると思ったら、顔が熱くなってしまった。きっと今、鏡をみたら、耳まで真っ赤になっているだろう。


 真神は、優しい。盗みを行っているのも、何か理由があるのではないかとも思っている。


 美優人の身柄を攫った犯人だというのに、傍にいると安心する。


(……恵比寿屋さんには触られたくないけど……)


 あの本のような事を、してみたいと―――真神に言われたらどうしよう。と、美優人は頭を抱えていたが、不意に顔を上げて呟いた。


「このままじゃ、ダメだ……」

 まずは、どういうことをするのか、ちゃんと知っておきたいから、あの本を借りてみよう……と決意して、そっと、真神の書斎に近付いた。先ほど、美優人が退室する時に、ちゃんとドアを締めていなかったらしい。少し、ドアが開いていた。


『……ですから、それは調査中だと言っているのです』

 真神の声がした。誰かと会話をしているようだった。


 来客があったのは知らなかった。

 相手の姿を確かめようと思ったが、出来なかった。だが、薄く開いた隙間から、中の様子を確認する。


 真神は立って、誰かと会話をしている。それは間違いないようだった。


『今回は随分のんびりやっているじゃないか。……まだ、紅玉の行方は解らないのか』

『失われた仏像の中に入っていると思います。最後に見た人の証言に一致します』


 失われた仏像―――。

 美優人の胸が、ドキッと跳ねた。


『それで、その失われた仏像とやらはどこに?』

『おそらく、恵比寿屋角右衛門の蔵の中でしょうね』


 はあ、と真神がため息を吐くのが解った。

 美優人は、胸が早鐘を打っているのが解った。ここを、離れた方が良い。これは、多分、美優人が聞いてはいけないものだ。


(真神様は……僕に一目惚れなどして居ない……?)

 あの仏像が欲しくて、その所持者であった花護男爵家で、一番拐かすのが簡単そうな、美優人を攫った?


 指が、ふるえた。


『ともかく、早いところ、宝石を揃えなければならぬ……。あの方も、大変、お怒りのご様子……』

『それを仰いますな……私も、苦労をして居るのです。華族の家ならば、それほど苦労はしないのですが、ああいう大店は、入り込んで仕事をするのに、大抵、数年かかります。入るにしたって、中のものからの手引きが……』


 美優人はこれ以上聞きたくなくて、踵を返して立ち去ろうとした。


 しかし。

 うっかりして、よろけてドアを蹴ってしまったのだった。

 ガタッと、やけに大きな音がした。


「誰ですっ!」

 鋭い誰何すいかの声が響いた。思わず、びくっと肩が震えた。


 真神が近付いてくるのが解った。逃げた方が良いのに、身体が動かない。肝心の所で、身体が動かなくなってしまうのは、性分らしかった。


「誰です、出ていらっしゃい」

 固い声をして、真神が言う。ドアが開いた。


 その、真神の、整った顔が、驚きに彩られた。目など、豆鉄砲を喰らった鳩のようにまん丸だった。


「美優人くん」

 部屋の奥で人の気配が動くのが解った。真神が会話をしていた人物は、隠し扉か何かを使って、別の所へ移動したのだ。


「……あの」

 美優人は、俯いた。真神の、顔を見られなかった。


 目の奥が、熱くなる。俯いていたせいか、ぽろっと涙がこぼれた。


「美優人くん……今の会話を……聞いてしまったのですね」

 真神の手が動いたが、躊躇って、すぐに下ろされた。


「真神様……?」

「……あなたには、本当の事を話して置いた方が良さそうです」


 真神の声には、苦々しさが滲んでいる。

 美優人は、聞きたくないとも、聞きたいとも思ったが、それ以上に、真実を知るのが、怖くて震えていた。


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