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第14話 共犯者


 真神から大方の事情を聞いた美優人は、部屋に戻って、なんとなく、もやもやとした気持ちでいた。


 寝台に寝転んで、枕に顔を埋めながら、ため息を吐く。


 彼が、一目惚れをして、美優人を連れ出したのは事実だとして……、あの仏像を狙っていたというのも、驚きだったし……。


(お役目で、誰かと契る事が出来ないんだ……)

 というのが、なんとなく、澱のように胸の底に沈んで、気持ちを重くさせる。


 抱きついたことはある。あの、温かくて、逞しい胸を―――多分、美優人は味わってみたい。


 もっと、触れたい。

 一目惚れだと言いながら、それ以上のことを告げもしないし、何も求めてこないことに、美優人は焦れていた。


「でも、お役目なら……」

 お役目なら、仕方がないか、と呟こうとしたとき、はた、と気付いた。


「お役目が終われば、晴れて、自由の身になるのでは?」

 今の仕事がどれほど続くのか解らないが、お役目を終えて貰い、その際は、すっぱりと今の仕事と実家を捨てて貰うことは出来まいか。


「今の世の中、本気で男子二人が働いていけば、二人で暮らしていくことは出来る……。僕が、家を出ても、やっていくことが出来る……」

 美優人は、寝台から身を起こした。


 例えば―――。

 家を継ぐことが出来ない次兄は、軍隊へ入った。出在れば、美優人も家を継ぐことは出来ないのだから、どこかへ行くしかない。


 どこかに勤めに出ても良いし―――なにか、資格でも取って独立することは可能だろう。


 その際に『男爵家』の看板は、おおいに役に立つだろう。

 なので。


(実家には、絶縁されない程度に……)

 今すぐ何かを始めるのだとしたら、考えることもあるが、どこかで使って貰って勉強するというならば、学生のうちからでも出来るだろう。


「決めた」

 美優人はカバンをひっつかむと部屋を飛び出して、真神の所へ向かったのだった。





 いきなり駆け込んできた美優人に、真神は戸惑ったようだが、すぐに、居住まいを正した。


「真神様。……恵比寿屋さんに、忍び込むのですよね?」

 単刀直入、前置きもなく問い詰めてきた美優人に、真神が苦笑する。


「そうしたいのですが、ああいう大商人のところは、仕込みに時間が掛かるのです。内部のこともよく解りませんし……」

 真神は、困ったような顔をしている。恵比寿屋への侵入が出来なくて困っているのか、或いは、美優人がこんなことを言い出したことに困っているのか解らなかったが……。


「真神様……僕なら、恵比寿屋さんに入ることが出来ます」

「えっ」

 真神が、息を飲むのが解った。


「……僕が恵比寿屋さんを訪ねて行けば良いのです。……怪盗に捕まって命からがら逃げてきて、丁度恵比寿屋さんのお店が見えたから、助けて欲しいといえば、入れて貰えます」


「けれど……それでは……」

「そのすきに、恵比寿屋さんに入ってください。……僕は、兄を呼んで貰うように、恵比寿屋さんに言いますから」


「けれど、それでは……危ないでしょう。あなたは、恵比寿屋さんに、手籠め目にされるかも知れませんよ」


「……そうなったら、死にます」

 美優人は、家から持参していたカバンの中から、懐剣を取りだした。

「不埒なものにみさおを奪われそうになったら使うのだよと、言われて持たされました。先祖伝来の懐剣です」


「え……そんなことを、おうちのどなたが仰るのです……」

 真神が、信じがたいものを見るような眼差しを向けてきたが、気にせず美優人は応えた。


「兄様です」

「えっ……」


「兄様です」

「ええ……? ……あなたのお兄様、ちょっと、……まあ、それはさておき、私は、あなたに、そんな事をさせることは出来ません」


「けれど、真神様は、現在、恵比寿屋さんに侵入することが出来ないのでしょう? だったら、僕の計画に乗ってください」


「……失敗したら、どうするのですか」

「失敗しないでください。……あと、兄には連絡を付けます」


「えっ」

「鳩の豆之介を連れてきています。兄はここを知りませんが、やりとりくらいは出来ます」


「……なんと」

 真神は、あっけにとられたような顔をして、しばし呆然としていたが、やがて笑い出した。


「星をも落とす花の美少年……とは聞いていましたが、どうして、中々、剛毅な事で」

「これでも、武家の息子です」


「そうらしい……。それで? そういう事を仰るからには……私になにか要求があるのでは?」

 真神がにやりと笑った。


「ええ。……お仕事が成功した暁には、僕と結婚してください」

「男同士では結婚出来ませんけれど」


「ええ、構いません。あなたと一緒になりたいだけです」

「後悔しますよ」


「やってみなければ解りませんので」

 逃げる真神に対して、美優人は一歩も引かなかった。


 けれど、緊張はしている。

 間違えれば、即、終わり―――というような、駆け引きだった。


 手が、汗ばんできた。

「……負けました」


 真神が、肩をすくめる。

「負けた、とは?」


「あなたに根負けしました。……あなたの計画に乗りましょう。私も、上司から、ネチネチと催促されていた所でしたので、渡りに船です」


 真神が、美優人に手を差し出す。何のことか解らず、困惑していた美優人に、真神は「握手」と小さく言う。


「これって、なんの握手ですか?」

「んー……共犯者の握手かな。二人で、大店に侵入して、仏像を盗みだそうというのですからね」


 真神の言葉を聞いて、否応なしに緊張した美優人だったが、「あなたとなら、なんでも出来るような気がします」と差し出された手を取った。



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