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第16話 警視総監と名探偵


 数日前に遡る―――。


 手紙を携えた豆之介がやってきたことに、勝彦は大いに驚いていた。


 そして美優人からの手紙を紐解いて、勝彦は、面食らった。

 数日後、美優人は、怪盗と共に恵比寿屋に入って、例の仏像を盗み返してくるということだった。


 たしかに、仏像はあちこちを探しても見当たらなかった。


 盗品が売られる場合、どこぞの質屋に持ち込まれるだろう。だが、その形跡はない。外国に出て行った場合は止めようもないが、貧相な念持仏という感じのものだったので、外へ流出することはないだろうと、勝彦は思っていた。


「……最初から、美優人を狙って、仏像を押しつけたのだとしたら……」

 すべてが納得出来る。


 仏像を渡し、そしてこっそりと借用書に美優人の事を書き添えておく。そして、仏像はこっそり盗み出す。そうすれば、仏像も、美優人も手に入るというわけだった。


「なんという強欲なジジイだ……」

 ため息しか出ない。


 このあたりのやり口に、証拠があれば、下河内を誘導して恵比寿屋を逮捕するモノを……とは思うが、それは難しいだろう。


 ともかく、今は、美優人を自由の身にするのが先決だ。


 怪盗の力を借りるというのも妙な話だったが、怪盗は怪盗であの仏像に用事があるらしいと言うことで、美優人とは意気投合したと言うことなのだろう、と勝彦は納得した。


(あとは、下河内さんでも呼ぶか……)

 下河内を呼ぶならば、ばあやにおやつを作って貰うのが手っ取り早い。


「ばあや」

 ばあやの私室に行くと、ばあやは、鋭い顔をして勝彦を睨んだ。


「ど、どうしたんだい、ばあや」

「どうしたもこうしたもありませんよっ! 坊ちゃま。なにか、貴文ちゃんに隠し事をしていらっしゃるでしょ!」


「貴文ちゃん……?」

 口に出して反芻してからそれが、下河内の名前だと言うことに気が付いた。


 たしかに、少々の隠し事はしている。


 仏像の件と、美優人には怪盗に攫われて欲しいと思っていた件だ。


「なぜ、ばあやが、下河内総監と……」

「あら、わたし、貴文ちゃんと文通してるのよ。……まあ、貴文ちゃんは、このばあやをよく気遣ってくださって。次は、酒饅頭をお出しする予定になってるんですからね!」


 下河内は何故か、ばあやの作る菓子を好んでいるとは思ったが、まさか、文通をして居るとは思わなかった。


「美優人の件で、他家には言いづらいこともあるんだよ、ばあや」

 わかっておくれ、と言ったその時だった。


「おや、やはりあるんじゃないですか、隠し事」

「ほれみろ、正隆さんの言う通りだな」

 とばあやの部屋のカーテンのかげたら、下河内と中院の二人が出てきたときには、そのまま無言でばあやの部屋から立ちさろうと思った勝彦だったが、すんでのところで推し留まった。


「お二人……いつから……」

「美優人くんが攫われてから、ずっとここに詰めさせて貰っていた!」


「犯人が、ここへ戻ってきて、何かをする可能性もありますからね。そして、素人のあなたが、私達がここにいることを知れば、動揺して、誰かに伝わるかも知れませんからね」


「我々は、こう見えても、こういうことの専門家なのだ」

 二人の様子を見て、勝彦は、どっと疲れが出てため息が出た。


「……とりあえず、お二人の力をお借り出来るようでしたら、お借りしますよ。ちょっと、話が長くなるから……ばあや、お茶を頼むよ」


「はいはい、お坊ちゃま。……貴文ちゃん、酒饅頭の支度は済んでますからね、ちょっと待ってて頂戴ね」

 ばあやが誘っていくのを待って、勝彦は、とりあえず、事件の説明の前に、どうしても聞きたいことを、下河内に問いかけた。


「……下河内さん、うちの家の中で、文通してたんですか?」






 さて、下河内と中院の二人に、大方の説明をしたとき、二人は、妙な顔をしていた。


「なんです」


「……いや、なあ。お前の気持ちは解るのだよ。だが、その恵比寿屋という商人はいけ好かないし、お前は、我々が、みすみす美優人くんを誘拐させると思って読んだというのが、信じられない。警視総監と名探偵だぞ!?」


「そういう、ちゃんとした肩書きの方が、美優人を攫ったと発表してくださらないと、恵比寿屋さんが信用しないと思ったのですよ……今も、美優人もいない、仏像もいないで、『仏像の借受金』として、一日にいくらかの貸料を取られているのです」


「いくら?」

「一月に五十円です」


「五十……っ!」

「お前、それは、一月分の給料ではないかっ!!」

 中院と下河内の二人が、思わず大声を上げてしまった。


「私はもう少々頂いておりますが……、美優人の身の安全は現在、怪盗が守ってくれていることでしょう。けれど、それ以外の意味でも、我が家は破滅の一途ですよ」

「……恐ろしい守銭奴だな」


「そうでなければ、大店は守れないのかも知れませんが……と言うわけで、私は、もう、美優人自身が、恵比寿屋さんに行って、怪盗に仏像を探し出して貰わなければならないと言うことになりましたよ。それで、お二人にも協力いただければと思うのです」


 勝彦は、深々と、二人に頭を下げる。

「うむ。もともと、詐欺のようなモノだったのだし……恵比寿屋には最終的に、仏像は戻るのだから、今回、こういうことをするのは致し方在るまい」


「……私のほうは、ちょっと、いろいろ探りますよ」

 とは中院だった。


「探る、とは?」

「この手口、ヤリ慣れている様子ですから……おそらく、余罪があるかと。泣き寝入りしている人たちから話を持ってきますよ。あと、友人に新聞記者がいますので、泣き寝入りしている人がいれば、そちらへ情報を流します。美優人くんの事件が解決したら、ね」


「さすがは、正隆さんだ!」

 下河内は手放しで中院を褒め称えているが、勝彦は、内心、胃が痛くて溜まらなかった。


 この二人は、各所に名をとどろかせる、有名な無能。

 二人が計画に参画した時点で、成功率が著しく低下していると思われるからだ。


(ここは、美優人と、怪盗次第だ……)

 勝彦は天に祈る気持ちで、天井を仰いだ。

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