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第17話 恵比寿屋角右衛門


 恵比寿屋の番頭は、親切にしてくれた。


 すぐさま湯を張ってくれて、新湯さらゆを使わせてくれたあと、誂えたような衣装を美優人に着せてくれた。西洋の人形が着るような、ひらひらの白いシャツに、黒い半ズボン。長靴下と、靴下止め。すべて、美優人にぴったりだった。


(あっ、これ、本当に僕のために用意されていたモノかも知れない……)


 もともと、恵比寿屋角右衛門は、美優人を自分の手元に引き入れるつもりだったのだ。


 だから、こういう格好を用意していてもおかしくはない。

 人形のように愛でられるか、或いは、性的な奉仕を要求されるか。どちらにせよ、碌な事にはならないだろう。


「主がそろそろ参りますので、こちらでお待ちを」

 番頭が案内してくれたのは、一度来たことがある応接室ではなく、もっと、私的な場所に見えた。


「ご親切にありがとうございます」

「いいえ、美優人様がご無事でよろしゅうございました」


 にこやかに去って行く番頭に愛想笑いを返しながら、美優人は、ソファに腰を下ろした。


 畳の家に西洋の家具が置いてある。その上には、様々な置物や厨子などがあった。


 どれも、高価そうなものだった。


 出入り口は、先ほど入って来た廊下側の襖。そして、奥にも襖がある。その他は、角になる部屋らしく、窓はあるが、何もなかった。


 窓は、西洋的な出窓だったので、不思議な和洋折衷である。


(真神様は、どうしただろう……)

 胸が、高鳴る。緊張で、おかしくなりそうだった。


 やがて、廊下の軋む音がした。鶯張りにしているのかもしれなかった。賊が来た時、いち早く気付く事が出来るからだ。襖が開いて、入って来たのは恵比寿屋角右衛門だった。


「これはこれは、花護の……怪盗に拐かされたとかで、わたくしめも心配しておりましたよ」


「恵比寿屋さん、お世話になります……ちょうど、這々の体で逃げ出してきましたら、こちらのお邸の近くだったものですから、つい、一度お目に掛かったことがございましたので……」


「頼ってくださって嬉しいですよ。……それにしても、思った通り、よくお似合いになる」

 ほう、と恵比寿屋角右衛門がうっとりと嘆息を漏らす。


「ああ、そうなんです。素敵なお衣装をお借りしてしまって……」


「あなたの為にあるような衣装ですから、構いませんよ。本当に、思った通り、よくお似合いで……あなたには、こういう華麗な服装がよく似合いますよ……それでなければ」

 と呟いて、恵比寿屋角右衛門は、一度、こほん、と咳払いをして、美優人の隣に座った。


「恵比寿屋さん?」

「……美優人さん、あなた、おうちの方から、なにか聞いてませんか?」


 仏像と、美優人が恵比寿屋に来ることの件だろうとは思ったが、美優人は不思議そうに小首をかしげてみせる。


「僕は、おうちのことは、なんにも教えて貰えないのです。子供が知るには、早すぎるって。僕だって、そんな、いつまで経っても子供じゃないのに」


 頬を膨らませてみせると、恵比寿屋の手が、美優人の膝頭に乗った。


(ひっ……っ!)

 嫌悪感に寒気がする。


 恵比寿屋角右衛門は、美優人の膝をなで回しながら、


「……おやおや。じゃあ、大人がするようなことでもして見ましょうか。わたしが、いろいろ教えて差し上げますよ。あなたのおうちのことも、ね」

 などと言いつつ、美優人の耳元に、ねっとりと囁く。


 思わず、あとずさってしまった美優人は「恵比寿屋さん?」と問う。


「なあに、だれでもすることなので気にせずとも良いのですよ。……みんなすることです」

 にやにやと笑いながら、恵比寿屋は美優人ににじり寄る。


 思わず立ち上がって掛けだした美優人の手を、恵比寿屋が掴んだ。


「どこにいくんです、美優人さん。……ああ、具合が悪いのかな。じゃあ、こちらへおいで」

 恵比寿屋に引っ張られて、奥の襖の中に放り投げられる。


 痛いかとおもったが、思った衝撃は来なかった。

 そこには、布団が敷いてあったからだった。


(えっ!? お布団……っ!?)

 美優人が起き上がろうとする前に、恵比寿屋が、美優人の背中から覆い被さるようにのし掛かってくる。


 手慣れた恵比寿屋の身体を、美優人は押しのける事が出来なかった。


「……っ!」

「おとなは、みんなこういうことをするものですよ」

 恵比寿屋の手が、美優人の尻を撫でる。


「ひっ……」


「……怖がらなくても良いのですよ。だんだんに良くなってきますからね……その反応を見ると、怪盗には、純潔を奪われていないらしい。それは良かった。てっきり、慰み者になったかと思っていたのでね」


 あけすけに言いながら、恵比寿屋の手が、美優人の手首を捕らえた。


「っ……っ!」

 完全に押さえつけられてしまって、自分ではどうすることも出来なくなっていた。


 悔しくて、唇を噛む。

「……暴れないでいれば、かわいがってあげますよ……、どうせ、あなたは、この恵比寿屋のものになると決まっていたのですからね」


 悠然と、耳元に囁かれて、嫌悪感に震えが走る。

(助けて……)


 美優人は、心の中で、叫んだ。

(真神様……助けて……っ!)


 恵比寿屋角右衛門の手が、美優人の中心に触れる―――その瞬間ときだった。




「美優人っ!!!!」


 勢いよく、襖が開け放たれたのだった。



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