恵比寿屋の番頭は、親切にしてくれた。
すぐさま湯を張ってくれて、
(あっ、これ、本当に僕のために用意されていたモノかも知れない……)
もともと、恵比寿屋角右衛門は、美優人を自分の手元に引き入れるつもりだったのだ。
だから、こういう格好を用意していてもおかしくはない。
人形のように愛でられるか、或いは、性的な奉仕を要求されるか。どちらにせよ、碌な事にはならないだろう。
「主がそろそろ参りますので、こちらでお待ちを」
番頭が案内してくれたのは、一度来たことがある応接室ではなく、もっと、私的な場所に見えた。
「ご親切にありがとうございます」
「いいえ、美優人様がご無事でよろしゅうございました」
にこやかに去って行く番頭に愛想笑いを返しながら、美優人は、ソファに腰を下ろした。
畳の家に西洋の家具が置いてある。その上には、様々な置物や厨子などがあった。
どれも、高価そうなものだった。
出入り口は、先ほど入って来た廊下側の襖。そして、奥にも襖がある。その他は、角になる部屋らしく、窓はあるが、何もなかった。
窓は、西洋的な出窓だったので、不思議な和洋折衷である。
(真神様は、どうしただろう……)
胸が、高鳴る。緊張で、おかしくなりそうだった。
やがて、廊下の軋む音がした。鶯張りにしているのかもしれなかった。賊が来た時、いち早く気付く事が出来るからだ。襖が開いて、入って来たのは恵比寿屋角右衛門だった。
「これはこれは、花護の……怪盗に拐かされたとかで、わたくしめも心配しておりましたよ」
「恵比寿屋さん、お世話になります……ちょうど、這々の体で逃げ出してきましたら、こちらのお邸の近くだったものですから、つい、一度お目に掛かったことがございましたので……」
「頼ってくださって嬉しいですよ。……それにしても、思った通り、よくお似合いになる」
ほう、と恵比寿屋角右衛門がうっとりと嘆息を漏らす。
「ああ、そうなんです。素敵なお衣装をお借りしてしまって……」
「あなたの為にあるような衣装ですから、構いませんよ。本当に、思った通り、よくお似合いで……あなたには、こういう華麗な服装がよく似合いますよ……それでなければ」
と呟いて、恵比寿屋角右衛門は、一度、こほん、と咳払いをして、美優人の隣に座った。
「恵比寿屋さん?」
「……美優人さん、あなた、おうちの方から、なにか聞いてませんか?」
仏像と、美優人が恵比寿屋に来ることの件だろうとは思ったが、美優人は不思議そうに小首をかしげてみせる。
「僕は、おうちのことは、なんにも教えて貰えないのです。子供が知るには、早すぎるって。僕だって、そんな、いつまで経っても子供じゃないのに」
頬を膨らませてみせると、恵比寿屋の手が、美優人の膝頭に乗った。
(ひっ……っ!)
嫌悪感に寒気がする。
恵比寿屋角右衛門は、美優人の膝をなで回しながら、
「……おやおや。じゃあ、大人がするようなことでもして見ましょうか。わたしが、いろいろ教えて差し上げますよ。あなたのおうちのことも、ね」
などと言いつつ、美優人の耳元に、ねっとりと囁く。
思わず、あとずさってしまった美優人は「恵比寿屋さん?」と問う。
「なあに、だれでもすることなので気にせずとも良いのですよ。……みんなすることです」
にやにやと笑いながら、恵比寿屋は美優人ににじり寄る。
思わず立ち上がって掛けだした美優人の手を、恵比寿屋が掴んだ。
「どこにいくんです、美優人さん。……ああ、具合が悪いのかな。じゃあ、こちらへおいで」
恵比寿屋に引っ張られて、奥の襖の中に放り投げられる。
痛いかとおもったが、思った衝撃は来なかった。
そこには、布団が敷いてあったからだった。
(えっ!? お布団……っ!?)
美優人が起き上がろうとする前に、恵比寿屋が、美優人の背中から覆い被さるようにのし掛かってくる。
手慣れた恵比寿屋の身体を、美優人は押しのける事が出来なかった。
「……っ!」
「おとなは、みんなこういうことをするものですよ」
恵比寿屋の手が、美優人の尻を撫でる。
「ひっ……」
「……怖がらなくても良いのですよ。だんだんに良くなってきますからね……その反応を見ると、怪盗には、純潔を奪われていないらしい。それは良かった。てっきり、慰み者になったかと思っていたのでね」
あけすけに言いながら、恵比寿屋の手が、美優人の手首を捕らえた。
「っ……っ!」
完全に押さえつけられてしまって、自分ではどうすることも出来なくなっていた。
悔しくて、唇を噛む。
「……暴れないでいれば、かわいがってあげますよ……、どうせ、あなたは、この恵比寿屋のものになると決まっていたのですからね」
悠然と、耳元に囁かれて、嫌悪感に震えが走る。
(助けて……)
美優人は、心の中で、叫んだ。
(真神様……助けて……っ!)
恵比寿屋角右衛門の手が、美優人の中心に触れる―――その
「美優人っ!!!!」
勢いよく、襖が開け放たれたのだった。