襖が開け放たれ、部屋に入ってきたのは、『兄』だった。
けれど、美優人は知っている。
(真神様……っ!)
あれは、変装した真神だ。
「なんだお前はっ!」
「愚弟がお世話になりました。美優人の兄、勝彦です」
そう言いながら、『兄』は恵比寿屋角右衛門の手を取ってねじり上げる。
「痛っっっっっ……っ!! おいっ! 誰かっ! 誰か居ないのかっ!」
「このあたりにいた奴らなら、皆、オレが倒しておいたさ」
「んっ……? お前、勝彦氏ではないなっ!?」
恵比寿屋角右衛門がわめく。
「おや、よく解ったことだ……。オレは……、お前達が『怪盗』とよんでいるものだ……さあて、殺しは趣味ではないが……場合によってはそれも辞さないことにしている。
お前が、花護男爵家から盗み出させた、仏像はどこだ? アレを出せば命ばかりは勘弁してやる」
真神は、にやりと笑う。
「だれが、貴様のような、こそ泥にっ……っ!」
「もともとは、お前達が盗み出したものだ……オレは、元の持ち主にそれを返そうって言うんだよ」
「っ……っ」
美優人は、二人のやりとりを見つつ、ハタと気が付いた。
おそらく、蔵などの中には、仏像はなかったのだ。
それで、真神はここに来た。
であれば―――。
(僕が探すっ!)
美優人は隣室に駆け出す。家具の上に乗った調度品。その中に、仏像はなかった。けれど、小さな念持仏だ。何かの中に入っているのかも知れないと思って、棚や引き出しを開けていくが見つからない。途方に暮れていると、調度品の上に、ひっそりと、螺鈿の厨子が置かれていた。
(もしかして……)
そこを開く。何も入っていなかったが、やけに中が『うすい』。
手で触れると、厨子の奥の壁が動く感じがした。
そのまま、横や上へ少しずつズラして行く。すると、かちり、と何かがかち合うような感覚があった。
(これは……細工……?)
注意深く、壁を探ると、ぽん、と軽い音がした。
傍目には何もないが、後ろを見やると、裏板が外れて、そこには仏像があった。花護男爵家が押しつけられた、あの仏像だった。
「………怪盗様っ! 仏像がありましたっ!」
「よし」
真神は、恵比寿屋角右衛門の手を縛り上げ、口の中に、布きれを突っ込んで、布団度ぐるぐる巻きにしておいた。
恵比寿屋角右衛門はなにかを叫んでいるが、声としては認識出来なかった。
真神が、仏像を手に取る。
「さてと」
真神は、仏像を手に取ると、その底を外した。中から、ころん、と赤い宝石が飛び出してくる。
「……これは……」
「私は、こういう宝石を集める仕事をしていてね。もともと、この仏像も盗品だったのだ……さてと。そろそろ、行こうか」
「はいっ!」
真神は仏像を手に持ったまま、外へ向かった。途中、恵比寿屋の使用人たちが、
「待てーーーっ!」
「逃がすモノかっ!!!」
などと叫びながら二人を止めようと襲いかかってきたので、美優人は、にっこりと彼らに微笑む。
するとたちまち、「はうっ」と腰砕けになって倒れて行く。
まわりは、美優人の微笑で倒れた男たちで、屍の山になっていた。
「さすがは、星を落とす美少年……」
真神が、感心して呟く。
「……こういうときは便利です。普段は、迷惑ですけどね。それに……怪盗様には、効果はなかったので、ちょっと悔しいです」
「ははは、私だって、あの男たちのように腰砕けになるところでしたよっ!」
店の入り口までくると、丁度、兄と下河内、そして、中院の三人がそろったところだった。
「兄様っ!」
「……美優人、無事で良かった。そちらのかたも、美優人の為に尽力いただき、感謝している」
勝彦は、静かに一礼をした。
真神も、それに礼で応じる。
その一連の敬虔なやりとりを見て、美優人は、胸が熱くなった。
「あの……これは一体どういうことなんです……」
何も解らない顔をしている番頭の前で、中院と下河内の二人が、書状を突きつけた。
「これは……?」
「恵比寿屋角右衛門に、あくどいマネをして財産を巻き上げられたものたちの陳情書だっ!」
「証拠はある。証言も取ってある。……おとなしく、恵比寿屋角右衛門を引き渡してもらおうか」
美優人には、何のことか解らず、ぽかんとしていると、下河内が語り始める。
「花護男爵家は、恵比寿屋角右衛門から金を借り、そしてついでに仏像を預かる。この時の借用書には、仕掛けがしてあって、もし仏像が戻らなかった場合は、なにかを要求するというものだった。娘さんだったり、息子だったり、妻だったり、或いは先祖伝来の田畑だったり邸だったり」
下河内の言葉を、中院が継いだ。
「そして、仏像を盗みだし、難癖を付けて、借用書に書いてあると言い張って、根こそぎ奪い取る。こういうことを山ほどやってきたらしい。……先祖伝来の土地と邸をとられた家の主人が、手記と証拠を残してくれてな。それと、花護男爵家の件は、私も全部見聞きしている」
「というわけで、恵比寿屋角右衛門を逮捕するっ!」
呆然とする番頭を尻目に、下河内と中院は、邸にズカズカと入り込み、恵比寿屋角右衛門を探し始める。
「こういう形で逮捕って、出来るのでしょうか」
「まあ、下河内さんは警視総監だし……さて、そちらの方と一緒に、邸へ戻るよ」
勝彦が美優人の頭を、ぽん、と叩いた。
「おかえり。……無事で良かった」
気が緩んだ美優人は、思わず、声を上げて泣きだしてしまった。
それを、兄と、真神が見て淡く微笑んでいた。