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第19話 約束と誓い


 邸へ戻ってから、美優人は兄・勝彦に状況説明をした。


 恵比寿屋に行くのがいやだったから、怪盗の所へ行った。そこでは、不自由なく過ごしたが、やはり、仏像をなんとかしなければならないと思い、恵比寿屋に侵入することになった。


 そして、怪盗は語る。

「詳しいことはお話し出来ませんが、私は、ある方から依頼を受けて、宝石を集めています。かつて、とある所から盗み出された宝玉なのです……それが、あの仏像の中にあるというのは、やっと突き止めたところでした」


「それで、美優人を攫ったのですか?」

 勝彦の問いに、真神は『いいえ』と応えるはずだった。けれど、違った。


「ええ。花護男爵家の内情がよく解らなかったのです。ここの使用人達は口が固くて」

 真神が笑う。


 美優人は、胸がきしきしと痛むのを感じていた。

(一目惚れって言ってくださったのに……)


 その言葉は、嘘ではないと、今でも、信じたい。

「……そうでしたか……、こちらも、渡りに船という立場でしたので、特に、何もしないことに致します」


「ありがとうございます。……弟君には、一切、不埒な事をしておりませんので、そこだけは、ご安心ください」


「解りました。あなたを信用しましょう。弟を保護してくださったこと、それと、恵比寿屋角右衛門の悪事を暴くきっかけとなったこと、心から感謝致します」

 勝彦は一度立ち上がり、深々と礼をした。





 しばらく談笑したのち、真神が帰るというので、美優人は、送ることにした。

 門のところで「それじゃあお元気で」と笑顔を見せた真神だったが、美優人は、その袖を掴んだ。


「少し……、お話しがしたいです」

 このまま、別れたくなかった。


 真神は、少し、困ったような顔をしてから「このあたりに、富士山が見える坂があるでしょう。そこまで、案内して貰えますか?」と、美優人に問いかける。


「はいっ!」

 と返事して、美優人は真神と並んで歩き出した。


「……一目惚れ、嘘だったんですか?」

 ややあって、真神が応える。


「いえ、本心です。でも―――あそこで、あなたの兄上に、それを告げるわけにはいかないでしょう」

「でも」


 美優人の言葉を遮るように、真神は言う。

「世間では、私は悪人ですよ。そういう人物が、あなたのような将来のある方の近くを、ちょこまかとしていることは出来ません。あなたの人生の邪魔になります」


「結婚してくださると、約束したじゃないですか」

 美優人は、真神を詰る。


 真神は、微苦笑した。

「集めなければならない宝石は、まだあるのです」


「えっ? そんなのって……詐欺ですっ!」

「――すべて集めるまで、どれほどの時間が掛かるか……、私にも解りません。場所については、私の上司が突き止めると思いますが……それまでは、私は、田舎の山奥の小さなお社の神官なのです」


「それは、本当なんですね」

「ええ。……割と、あなたには、真実を告げていますよ」


「それは……なぜ、ですか?」

 真神は、ふ、と笑った。諦めきったような、優しく澄んだ笑顔だった。


「あなたのことを、好きだから、でしょうね」

「だったら……」


「……私の、この仕事が終わったら、あなたに逢いに来ます。それまで、あなたが、私の事を覚えていてくださるか解りませんが、必ず、逢いに来ますから」


「あなたのことを、探しても良いですか?」

 美優人は、ぎゅっと、真神の袖を掴む手に力を込める。


「……探せますか? 私のねぐらも知らないでしょう? あなたは」


「知らないですけど……、探します。探して……結婚して貰います」

 真神が苦笑する。


「……役目が終わるまでは、無理ですが、予約だけは受け付けておきます」

「じゃあ」

 と美優人が、立ち止まる。


「美優人くん?」

「……約束代わりに、接吻してください」


「……困ったな」

 本当に、真神は困った顔をしていた。


 往来でなにをしているのかとも思う。けれど、今、掴んだ袖を放したら、真神はパッと消えてしまいそうだと思った。


「わかりました。では、……目を閉じて。こういう時は、目を閉じるものですよ」

 美優人は言われたとおりに目を閉じて、上を向いた。


 すこしずつ、真神が近付いてくる気配がして、美優人は緊張のあまりに手が震えてきた。


 ふわり、と唇に接吻が降りてくる。甘い、香水の薫りがした。薔薇と菫の香りだ……。そして、真神は、愛おしそうに美優人の身体を抱きしめながら、角度を変えつつ、何度か接吻をした。


(あ……これが……接吻なんだ……)

 初めての接吻に感動していると、不意に、その幸せな感覚が途切れた。


 目を開ける。

 辺りを見回しても、真神の姿はなかった。

「……っ……」


 その辺中を駆け回って探したが、真神はいなかった。







「……でも、僕、絶対に、あなたを探し出しますから……っ! 待ってて下さいねっ!!!」

 誓いの言葉を、聞くものはいない。




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