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第23話_境界線の消失点

未来調整官fu:年齢不詳。未来の情報から危機を察知し、世界線崩壊の危機を回避する任務を負っている。


過去補填官pa:年齢不詳。過去の出来事を修正し、未来への影響を最小限に抑える。


*****


「未来予測、的中率99.98%。事象コード“GZ-8005”、発動確率85%」


fuは、目の前のホログラムに映し出された情報を無表情で見つめていた。コードGZ-8005、それはパレスチナ保健省(PMH)が発表するであろう、ガザ地区での10月7日以降の民間人死者8,005人という未来だった。子ども3,342人、女性2,062人という内訳が、無機質な数字の羅列にわずかな重みを加えている。


「85%は、高すぎる。放置すれば、世界線は大きく変動する」


隣に立つpaが、焦燥感を滲ませた声で言った。彼女の背後のスクリーンには、イスラエル軍によるガザ地区北部への退避勧告、ハマスによる攻撃、ヒズボラとの衝突、そしてバイデン大統領の声明など、関連情報が次々と表示されていた。


「今回の事象は、広範囲に影響が及びすぎる。単独行動は危険だ」


fuの言葉に、paは唇を噛んだ。確かに、イスラエル、パレスチナ、レバノン、アメリカ、それぞれの思惑が複雑に絡み合っている。一つの歯車を間違えれば、すべてが崩壊しかねない。


「時間がない。85%を限りなくゼロに近づける」


fuの瞳が、かすかに光った。



情報操作と人心掌握



fuが最初に手をつけたのは、情報操作だった。PMHの発表は、国際社会に大きな衝撃を与え、事態を悪化させるトリガーとなる。それを阻止するため、彼はパレスチナ側の情報網にサイバー攻撃を仕掛け、発表内容の改竄を図った。


「発表される死者数を、大幅に減らす。できれば、ゼロに」


「無茶だよ、fu。いくらなんでも、それは…」


paの言葉を遮り、fuはキーボードを叩き続けた。PMHのサーバーに侵入し、統計データを書き換える。しかし、それは容易な作業ではなかった。厳重なセキュリティ、二重三重のファイアウォール、そして、何よりも人間の感情が壁となる。


「感情は、時に最大の障害となる。だが、利用もできる」


fuは、SNSやメディアを駆使し、世論操作を開始した。ガザ地区の惨状を訴える一方で、イスラエル側の主張にも一定の理解を示す。過激な情報を抑制し、冷静な議論を促す。それは、まるで綱渡りのような作業だった。


一方、paはイスラエル側の動きを監視していた。イスラエル軍の空爆計画、ハマスの反撃予測、ヒズボラの動向。情報を収集し、分析し、fuに伝える。彼女のサポートなしに、この任務は遂行不可能だった。


「イスラエル軍、北部への空爆を計画中。規模は…過去最大」


paの声が、緊張を帯びる。


「目標は?」


「ハマスの拠点、450カ所。加えて、アルクッズ病院周辺にも攻撃が計画されている」


fuは、一瞬、眉をひそめた。アルクッズ病院、そこは多くの負傷者が治療を受けている場所だ。もし、病院が攻撃されれば、事態は取り返しのつかないことになる。



時間との戦い、そして裏切り



「空爆を阻止する。もしくは、目標を変更させる」


fuは、即座に決断を下した。時間がない。イスラエル軍の攻撃開始まで、あと数時間。


彼は、イスラエル国防省のサーバーに侵入を試みた。しかし、それは容易ではなかった。国防省のセキュリティは、PMHの比ではない。突破するには、時間とリスクが高すぎる。


「正面突破は無理だ。迂回する」


fuは、別のルートを探した。そして、ある人物に目をつけた。イスラエル軍の高官、アヴィ・コーエン。彼は、穏健派として知られており、ガザ地区への攻撃にも反対の立場を示していた。


「アヴィ・コーエンに接触する。彼なら、協力してくれるかもしれない」


paは、不安そうな表情を浮かべた。時間がない。アヴィ・コーエンが協力してくれる保証はない。すべてが、賭けだった。


fuは、アヴィ・コーエンに接触し、空爆計画の詳細と、それがもたらすであろう悲惨な未来を伝えた。コーエンは、最初は疑っていたが、fuの提示する証拠を見て、次第に真剣な表情になった。


「私が、できることは?」


コーエンは、静かに尋ねた。


「空爆目標を変更させてほしい。アルクッズ病院への攻撃は、絶対にやめさせる」


「…わかった。できる限りのことをしよう」


コーエンは、言葉少なに答えた。しかし、その瞳には、強い決意が宿っていた。


コーエンは、国防省内部で働きかけ、空爆目標の変更を試みた。しかし、それは容易ではなかった。強硬派の抵抗は強く、コーエンは孤立無援の状態に陥った。


「ダメだ、fu。コーエンは、裏切られた」


paの声が、焦燥感を滲ませた。


「何?」


「強硬派が、コーエンの動きを察知した。彼は、今、拘束されている」


fuは、舌打ちをした。時間がない。このままでは、アルクッズ病院が攻撃されてしまう。



奇跡の回避と代償



「私が、行く」


fuは、静かに言った。


「だめよ、fu!危険すぎる」


paが、必死に制止しようとした。しかし、fuは彼女の言葉を無視して、イスラエル国防省へ向かった。


彼は、単身で国防省に潜入し、システムをハッキングした。そして、空爆プログラムを書き換え、アルクッズ病院を攻撃目標から削除することに成功した。


しかし、その代償は大きかった。国防省のセキュリティシステムは、fuの侵入を感知し、警報が鳴り響いた。彼は、追っ手を振り切りながら、脱出を試みた。


paは、fuを援護するため、ハッキングによって国防省の監視カメラやセキュリティシステムを一時的に麻痺させた。


「fu、急いで!出口はあっち!」


paの指示に従い、fuは辛くも脱出に成功した。しかし、彼は負傷していた。左腕には深い傷があり、血が流れ出ていた。


「fu…」


paは、fuの傷に包帯を巻きながら、涙をこぼした。


「任務は…完了した」


fuは、かすかな笑みを浮かべた。



エピローグ



翌日、パレスチナ保健省は、ガザ地区での民間人の死者数を発表した。その数は、未来予測の8,005人ではなく、大幅に少ない数字だった。


イスラエル軍は、ハマスの拠点450カ所への空爆を実行したが、アルクッズ病院は攻撃されなかった。ヒズボラとイスラエル軍の小競り合いはあったものの、大規模な衝突には発展しなかった。


バイデン大統領は、イスラエルとパレスチナ双方に、自制を促す声明を発表した。


「事象コード“GZ-8005”、発動確率0.01%。世界線への影響、最小限に抑制」


fuは、ホログラムに映し出された情報を確認し、安堵のため息をついた。


「終わったわね、fu」


paが、優しく微笑んだ。


「ああ。だが、これは一時的な平和に過ぎない。世界線は、常に変動している。我々の戦いは、まだ終わらない」


fuは、遠くを見つめながら言った。彼の視線の先には、新たな危機が、静かに、しかし確実に、迫りつつあった。


そして、二人は知る由もなかった。この一件以降、歴史の記録には存在しないが、各地で発生したであろう小規模な紛争の火種が、ことごとく自然鎮火していたことを。それは、fuとpaの介入によって歪められた現実の修正力を、paが陰でさらに調整していた結果であった。歪みを無理に修正すれば、必ず反発が起きる。paは、その反発を限りなく小さくする役割を担っていた。paは、今日もfuの傍らで、彼を支え続ける。

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