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第34話_未来の分岐点

崩壊の序章



中東のニュース速報がモニターに次々と映し出される。


「ジェニンへのイスラエル軍攻撃、パレスチナ人14名死亡……シファ病院への砲撃、民間人多数死傷……アル・クッズ病院攻撃、子ども含む負傷者多数……」


未来調整官fuは無表情で画面を見つめていた。過去補填官paは険しい表情で端末を操作している。


「エントロピーの増加率が想定を大幅に超えているわ。このままでは未来分岐点での崩壊は避けられない」


paの声が静寂を切り裂く。


未来調整局の最重要任務は「エントロピーの低い未来」を維持すること。エントロピーとは事象の不確かさ、無秩序さを示す指標。エントロピー増大は未来の不確定要素増加を意味し、やがて制御不能な崩壊に至る。


「人道的理由による人質解放? 寝言だ。あの状況で信じられるか?」


fuは嘲笑する。彼は時間跳躍によって無数の未来の可能性を見てきた。この世界線の未来は混迷の闇に閉ざされようとしている。


「でも、1日4時間の戦闘休止。バイデンとネタニヤフの電話会談の影響よ。事態収束への一縷の望みはある」


paは諦めていなかった。彼女は入手した情報から最適解を探し出す。


「4時間? 茶番だ。情報操作に過ぎない」fuは即座に否定する。


「テトロ大佐の発言を見ろ。”ガザに人道危機は無い”。矛盾しているだろう? 欺瞞だらけだ」


paは反論する。「欺瞞でも時間を稼げる。その間に何かできるかもしれない」


「時間の無駄だ。未来崩壊は確定した」


fuの冷酷な言葉にpaは反発する。


「断定するのは早いわ。UNRWA職員の死者101人……多すぎる。ここで止めなければ、全てが終わる」


paは病院攻撃の映像を見つめる。悲鳴、怒号、瓦礫に埋もれた人々。目を背けたくなる光景だが、これが現実だ。


「1200人。ハマス攻撃の死者数が修正された。数字の揺らぎは、情報操作の証拠」


fuは新たな情報を分析する。


「イスラエルは戦況を有利に進めるため、意図的に数字を操作している。全てはプロパガンダだ」


「ICCへの戦争犯罪調査要請。国際社会の介入が始まる。情勢が変わるかもしれない」paは僅かな可能性に賭ける。


「ブリンケンもパレスチナ人の犠牲を非難した。圧力が高まっている」


「戯言だ。政治家の言葉など空虚だ」fuは冷淡に見放す。「我々の任務は未来調整。政治に介入すべきではない」


「でも、傍観できない!」paの言葉に、fuは冷たく言い放つ。


「感情に流されるな。必要な任務を遂行するだけだ」



影の介入



深夜、paは単独で行動を開始する。変装と情報操作によって、中東情勢を裏から操ろうと考えたのだ。彼女は自身の能力を信じ、人類の未来を守るため、危険な賭けに挑む。


「UNRWAの内部情報を書き換え、国連の介入を加速させる……。ICCに証拠を送付し、戦争犯罪立証の確度を高める……。世論を動かすためにメディア関係者に接触……」


paは目まぐるしく活動する。時間跳躍能力を持たない彼女は、あらゆる手段を駆使する。だが、未来調整局の介入は禁忌。万が一露見すれば、彼女は消滅させられるだろう。


一方で、fuは未来予測シミュレーションに没頭する。幾千通りの未来が描かれ、そのどれもが崩壊の一途を辿っていた。事態打開の糸口は見えない。


「エントロピーは臨界点を超えた……。崩壊は避けられないのか?」fuは焦燥に駆られる。彼には無数の未来が見える。故に、絶望も深い。


paから暗号通信が入る。


「計画は順調。数時間で状況が大きく変わる」


fuは疑念を抱きながらも、paの行動を見守ることにする。彼女の無謀ともいえる行動が、未来に変化をもたらすかもしれない。


「シミュレーションを再構築……エントロピー増加率に僅かな変化が生じている。これは……」


paの介入が未来に影響を及ぼし始めたのだ。だが、それは小さな変化。崩壊を阻止できるかどうかはまだわからない。


「パレスチナ人権団体の情報に、新たな証拠が追加された。病院攻撃の犠牲者数を裏付けるデータが……」


fuは変化の原因を探る。paの情報操作の痕跡を発見したのだ。


「無茶ではあるが……確かに効果は出ている」


情報戦が加速する。SNS、報道、諜報活動……あらゆるチャンネルが錯綜し、真実と虚偽が入り乱れる。



運命の選択



翌日、中東情勢は新たな局面を迎える。ICCは戦争犯罪調査を開始。国際的な圧力が高まり、イスラエルは態度を軟化させ始めた。


「エントロピー増加率が大幅に低下している……だと?」


fuは信じられない思いでシミュレーション結果を見つめる。


「pa、まさか君が……」


「私だけの力じゃない。人々の意識が変わり始めた。希望の光が見え始めているの」


paは微笑む。その表情には疲労の色が滲んでいる。


「一時的な現象に過ぎない。根本的な解決にはなっていない」


fuは冷静さを取り戻し、警告する。


「油断するな。まだ危険な状況だ」


「分かってる。でも、可能性が生まれた。それだけで十分よ」


paは勝利を確信していない。これは序章に過ぎない。


エントロピー低下は事実だ。崩壊の危機は一時的に回避された。fuは複雑な感情を抱きながらも、paの行動を認めざるを得ない。


「未来分岐点での崩壊は回避できた。しかし、エントロピーの低い未来が保証されたわけではない」


「その通りね。問題は山積みよ。根本的な解決策を見つけなければ……」


paの言葉にfuは頷く。


彼らは知っている。これは戦いの始まりに過ぎないことを。


「これからどうするの?」


paはfuに問いかける。


「未来調整を続ける。エントロピーの低い未来を維持するために」


「そうね。私たちの戦いはこれからよ」


paは決意を新たにする。


「エントロピーの低い未来」とは、不確実性を排除し、安定した未来を創造すること。それは人類の自由意志を制限することにも繋がる。未来を管理する権利は誰にあるのか? 自由と安定のバランスをどう取るのか?


fuとpaは新たな課題に直面する。彼らの戦いは終わらない。エントロピー逆転の螺旋はまだ始まったばかりだ。


「エントロピー低下の原因は、私の情報操作だけではないわ。別の要因が作用している可能性がある」


「別の要因? pa、何が言いたい?」


「私たちが把握していない情報、あるいは存在があるのかもしれない。未来分岐点に影響を及ぼす未知のファクター……」


paの言葉は、新たな謎の扉を開く。未来調整と過去補填の戦いは、更なる深淵へと進んでいく。

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