彼方に見える細い線。それは東海道の海岸線。
すざくは船の縁に腕を預け、じっとそれを見つめていた。
横浜の港から出港したのは、今日の昼のことである。いまだ陽は高く、風は暖かい。
ふっと、船縁の下を覗くすざく。
急角度に切り立ったそれは、まるで高層ビルの屋上から下を覗いているような恐れを感じる。
「ここにいたのかい」
びくっとすざくは反応する。声のした方を振り返ると――そこには軍服姿の
「あ、あの。えと」
少し顔を赤くしながらあわあわするすざく。そんなすざくを見て、
――この間色々なことがあった二人。まずは嬉河季代の『魔法少女裁判』で窮地に陥った二人。そして、革命ロシアからやって来た少女ユーリヤ=スヴォーロフと、『動乱の魔法少女』カティンカ=クンツェンドルフ赤軍特務参謀の襲撃――あまりにも多くのことがありすぎた。
そんな事情を知ってか知らずか、
『しばらく、休養したい。そう、洋行だ。これも学業の一つ。認めてくれるだろうか?』
本来なら一生徒に過ぎない
しかし、
「横浜を出て......香港から、シンガポールにカルカッタ。スエズ運河を抜ければそこは地中海さ。ヨーロッパの風に触れるのも悪くはない」
二人並びながら、そう
長い旅の喜びを語る
そんな
『自分はなんでこの人のそばにいられるのだろう』
正直、すざく自身自分にそんなに価値があるとも思っていない。華族という身分ではあるが、それほどの権門であるわけでもない。見た目もそうだし、頭もそうだ。逆に努力してもあまりぱっとしない自分に諦めすら感じていた。なのに――なぜ
「風が出てきたね」
そっとすざくの手を取る
はっとして我に返るすざく。小さくうなずき、ゆっくりと歩き出す。
きれいに磨かれたデッキに二人の足音が響く。
――二人で初めての旅行の初日の出来事であった。