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鬼電


「はぁ…やっと終わった。」


時計を見ると、もう10時近い。あれから、お客様の自宅にお菓子を持って謝りに行き、上司には叱られ、心底疲れ果てた一日だった。


体はクタクタ、心もボロボロ。「もう辞めようかな」と思うけれど、こんな私がやっと就職できた場所だし、他に行くあてもない。転職する勇気も出ない。


ふらふらの足取りでようやく家に帰り、スマホを開くと、画面に表示されたのは、れんさんからの着信履歴。20件以上の鬼電が残っている。しかも、今も着信音が鳴り続けている…。


急いで電話を取ると、れんさんの声が心配そうに聞こえてきた。「なんかあった?」


ああ、そういえば、私は毎日昼頃に一方的にご飯の写真を送っていたことを思い出す。


「うん、ちょっと…仕事でミスしちゃって。」


「うん。」


れんさんの優しい声が、電話越しに静かに響いてくる。まるでその声が私の心を包み込んでくれるみたいで、少し安心する。


「なんか家まで謝りに行って…もう大変で…とにかく疲れた…」その瞬間、れんさんの声を聞いて安心したせいか、涙がこぼれ落ちてきた。


ひくっひくっと電話口で号泣しだす私に、れんさんは何も言わなかった。


私の気持ちが落ち着いたのを感じ取ったのか、れんさんが静かに「ねえ」と呟いた。


「今、家の前にいるから。」


え?とびっくりして玄関の外を見ると、そこにはれんさんの姿が見えた。


一瞬、夢の中にいるみたいな感覚がして、目をこすったけど、確かに彼がそこに立っていた。


私はスマホを握りしめ、涙が止まらないまま玄関を開けた。


「れんさん…?」


彼は無言で私を見つめ、手に持っていた小さな包みを差し出した。


「お疲れ。」


その言葉が、私の心にじわっと染み込んでいく。と同時に、彼の温かい手が私の腕に触れた瞬間、胸がいっぱいになって、涙がまた溢れてきた。


「ありがとう…れんさん…」


彼は無言で私を抱きしめた。


「困ったときには頼ってくれよ。彼氏ってそんなもんだろ?」


…ん?


彼氏?


私はその時、頭の中に「?」が浮かんだ。「あれ、今、彼氏って言った?」


「えっ、れんさん、今なんて…?」


「だから、彼氏ってそんなもんだろ?」と、彼は何食わぬ顔で言いながら、私を少しだけぎゅっと抱きしめ直した。


…あれ、待って、私ってれんさんの彼女だったの?


その日から、私はれんさんの彼女になったのだった。


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