目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第25話 報告書:マッハで飛ぶじゅうたん

『試作高速飛翔輸送織物甲型 試験評価報告書』


 試作高速飛翔輸送織物甲型は、戦地における物資や兵士の輸送を高速化せんとして開発されし輸送用兵器である。空中を移動することにより机上の最短経路をもって目的地に到達することを可能とする。つまり、進軍・兵站に当たって障害や地形の影響を受けずそれらを実行せしめるということであり、戦略上戦術上の指揮官の進路計画選定の自由度を格段に高めることが期待される。


 言うまでもなく国家はすべからく自らの領土によって立つものであり、それがゆえに我が国土たる種々様々な地形は軍事計画を立案するに当たって決して避け得ない重要な判断基準であり、しばしば軍事的行動の制約として機能する。


 本兵器のごとき兵員および物資の輸送に着眼点を置いた汎用的航空戦力の実用化の暁には、我がヨルアサ王国は建国来とらわれていたこのしがらみから全く自由に解放されることであろう。


 敷物としての形状を選択したことにより、既存の竜騎兵のごとく一騎当千たる英雄ひとりが空を舞うのではなく、我が王国が現に有する兵種兵器のあらゆるすべてが航空戦力としてその機能を拡充させることが期待できる点も本兵器が有する利点である。


 とくに画期的なるは、魔法兵器としての魔術付与の過程において、副次的成果ながらその飛翔速度において机上の空論であった音速を実現した点にある。評価試験においてもその能力は十分に発揮されたり。


 しかしながら本兵器はその副次的成果こそが致命的な欠陥となりかねない危険を有している。すなわち、本兵器が最高速度に達した時点で自壊し、搭乗者である兵士の生命をはなはだしく脅かしかねない点である。


 本兵器の特性上、形状等の変更による安全性向上は困難であり、また、この航行速度があくまで副次的に生じたものであるがゆえにその速度の調整は困難を極める。

 現状、この航行速度の問題について有効な打開策が検討されていないことも遺憾ながら事実である。


 また航空戦力が山岳や地形の影響を受けないという利点は敵方からの視線や投射兵器を遮るものもないということに他ならない。いたずらに航行速度を下げることは従来のごとく陸路をもっての進軍とくらべ、かえって兵士の生命や運搬物資の安全を損ねるものと愚考する。


 正式採用を前に、上記の航行速度の技術的課題を解決し、仮想敵を用いた対地防御性能評価試験を行い、戦術的に有意かつ地上からの対空攻撃に耐えうる速度の現実的な算出は必須である。それにともなって安全な魔術輸送についてのさらなる検討と、非魔術行使者の使用を前提とした安全装置の開発は避けざるものであるなり。


 以上の評価をもって、本兵器については正式採用を見送り、以後も継続して技術的課題の解決に精神奮励するものなり。



王国歴435年 甕虫かめむしの月15日

魔法兵器開発局

開発局顧問および技術試験隊顧問

クレノ・ユースタス技術中尉


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?