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第59話 報告書:毒リンゴガス

『試製呪術催眠剤甲型 評価試験報告書』


 かねてより銃弾の消費なく敵兵を排除せしめる毒ガス兵器の開発は、すべての魔法兵器開発者にとって悲願であった。


 周知のとおり従来の毒ガス兵器は様々な欠陥をかかえたり。引き金を引けば発射され、敵を打倒し、事後のことは比較的思考の埒外に置いてよい銃弾にくらべ、噴射された後に滞留する毒ガスは敵味方の区別なくその健康に甚大な被害を与え、進軍の足をはばむ枷となりかねない危険性を有したり。


 本兵器は童話『白雪姫と700人の小人』を元に作られた、画期的かつ理想的な毒ガス兵器である。毒リンゴという特性上、可搬性にすぐれていることは言うまでもなく、吸引した敵兵力を、その体格や体力を考慮せず永遠の眠りに誘う強力な毒性を発揮する。さらに特筆すべきは明確な解毒方法が確立している一点で、この方法が敵国に悟られない限り、ヨルアサ軍は無敵の防壁にて守護されているも同然なり。


 魔法兵器開発局内で行われた評価試験においてもその性能は遺憾なく発揮されたり。評価試験においては十六名の志望者に毒リンゴガスを与えたが、解毒を行ったのち、兵士たちはいかなる身体の損耗もなく軍務に復帰せり。


 本兵器が戦場に与えうる革命的な威力は疑いようもなく、いちはやく実用化が待たれるところであるが、しかしながら本兵器の性能に一抹の懸念があることも事実である。すなわち当該兵器の解毒方法が、兵器を運用する兵士たちの精神状態を著しく悪化させ、隊内の規律を甚だしく乱す可能性が拭い去れない点である。解毒方法については機密情報であるため本項での詳述を避けるが、この懸念は相当深刻なものであると具申するものなり。


 よって本兵器はかかる懸念点を払拭し得る方法が確立するまで、正式採用及び実任務への投入を見送るものとする。



王国歴435年、白蟻の月24日

魔法兵器開発局

開発局顧問および技術試験隊顧問

クレノ・ユースタス技術中尉

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