クレノは魔法兵器開発室を飛び出して屋外に出た。
ちょうど、ハルト隊長が訓練で使った用具を片づけているところだった。
「いいところに、ハルト隊長!」
「どうしたんですか、クレノ顧問。そんな息せききって……」
「あのさ。パンジャンドラムのことなんだけど。あれさ、どう思ったかもう一度聞いてもいい!?」
「えーっと。“夢がある”って思いましたよ」
「本当に? あんな滅茶苦茶なことになったのにか?」
わけがわからないなりに、真剣な問いであることをさとったのだろう。
ハルト隊長はしっかりうなずき、クレノの目を見すえながら答える。
「はい。——俺たち兵隊はどんなに訓練を積んでも、
その答えにうそはなかった。
クレノは特別な何かになりたかった。
何ものかになりたいと願っていた。
そういうものになれれば、いい思いができるからだ。金や名声、充実した人生を得られると思った。
でもそれは失敗し、何もかも失った。
「そっか……。そうなんだ」
クレノははたと気がつく。クレノがとんでもない失敗をして、全部失ったと思っても、本当に何もかもを失ったわけではなかった。
特別なものを何も持たないクレノであっても、カレンやハルト隊長のように見捨てないでいてくれる人がいる。
だからこそクレノは今ここにいるのだ。
そして、無能の
クレノは再び走り出した。
フィオナ姫はすでに馬車で王宮に向かった後だ。
厩舎で馬を借り、クレノは必死にその後を追いかけた。
そしてフィオナ姫が乗った馬車に、王宮の手前でようやく追いついた。
「クレノ顧問!?」
後から追いかけてきたクレノに気がつき、馬車は速度をゆるめ、停止する。
「どうしたんじゃ、そんなにあわてて。そちらで何か問題でもあったのか?」
驚いたフィオナ姫が馬車から降りてくる。
クレノも馬を降り、乱れた息を整えながらフィオナ姫に向き合った。
「フィオナ姫……」
「なんじゃ」
「先ほど、俺が姫様に申し上げたことは、全部まちがいでした。お忘れください」
「おっ? なんじゃなんじゃ」
「ただし、姫様はぽんこつで、ハッキリ言って魔法兵器開発の才能はまったくありません。やらないほうがましです。そこだけは動かせない事実です」
「はっきり言うのう……。わらわでなかったら打ち首じゃぞ」
「承知の上で申し上げております。あと、正直、王様になってくれるならカイル王子か、ルイス王子のほうが断然いいなと思っています。軍人ですからね、俺も」
「久しぶりに罪人の処刑が見たくなってきたぞ」
「でも……夢をみるのは自由です」
クレノははっきりとそう言った。
「殿下。ヨルアサ王国には様々な人間がいます。カイル王子やルイス王子のように、夜空にきらめく星のような才能をもつ方々もいます。ですが、それはほんの一握りの人間だけ。ほとんどの国民は、バカで、ぽんこつで、ドジでクズで、キショくて察しが悪くて自分のことばっかりで……ツメが甘くて、プライドが高く妙なところで頑固でまわりが見えず、とんでもないやらかしをして周囲を困らせるやっかいな連中なんです」
そこまで言うことはない、とフィオナ姫は口にしかけたが、真剣に語りかけるクレノ顧問のどこか強張った表情を見て黙った。
クレノ顧問が言っているのは――それは彼自身もふくまれているのだということが伝わったからだ。
「それが世間の大半の人間というものです。ですが、だからこそ。だからこそ……。普通の人間だって夢を見てもいい! それの何がいけないんですか!」
「クレノ顧問……」
「だって、どう考えたって、よりたくさんの人間が夢を見て、夢を追いかけられる国のほうがいい国のはずです!」
「……!」
「俺はフィオナ姫にも、ハルト隊長にも、カレンにも希望をもって生きてほしい。ですから姫様。それが姫様の夢ならば、どうか叶えてください」
「じゃが、失敗ばかりのわらわに、責任ある立場は無理じゃと……」
「姫様のできないことは俺が
力なくうなだれていたフィオナ姫の瞳に、いつものような輝きが戻ってくる。
「姫様。女王になられませ」
フィオナ姫は言葉なくうなずいた。
何度も何度もうなずき、まるで壊れたからくり人形みたいになっていた。
*
魔法兵器開発室にもどったクレノは、さっそく製図台に面と向かって座り、手近に道具を引き寄せた。
「————とは言ったものの……」
ペンを握りしめると途端に激しい
耳元で砲撃の音が、戦場の音がこだまする。
パンジャンドラムの爆発にまきこまれ、逃げまどう兵士たちの姿がまぶたの裏に浮かびあがるようだ。
そして、ゲスタフの「無能」という声が聞こえてくる。
しかし、クレノは逃げなかった。
新しいアイデアはいっこうに浮かんでこない。
手を動かそう、何かを調べようという気にもなれない。
だが、台の前に置いたいすに腰掛け、彼はそこで一晩すごしたのだった。
王国歴435年、