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XVII閲兵式の準備

第95話 フェミニ式魔法生命体①


 医務室のベッドの上でクレノが目覚めると、フィオナ姫が心配そうに顔を覗きこんでいた。

 勘違いや気のせいでなければ、遠くからうっすら怒声と悲鳴の二重奏アンサンブルが聞こえてくる。


「よいか、落ち着いて聞くのじゃぞ、クレノ顧問。そなたが眠っておる間に、マッハじゅうたんが暴走して魔法兵器開発局内を暴れまわっておる。ここに来るのも時間の問題じゃ」


 次の瞬間、激しい音を立ててじゅうたんが窓を突き破り、医務室の壁に大穴を開けて廊下に飛び出して行った。

 クレノ顧問は姫様をかばい、ガラスの破片だらけになりながら杖を掴んで立ち上がった。意識朦朧もうろうとしながらも廊下に出る。

 マッハじゅうたんは廊下の奥の壁に突き刺さり、動きを止めている。


「破魔の法——魔法解放アインザッツッ!!!!」


 再び飛び出しかけたじゅうたんに透明な鎖が絡みつく。

 魔法を阻害する鎖は、じゅうたんの内部に込められた『祈り』を引きちぎり、粉々に破壊していく。

 魔法という動力を失ったじゅうたんは、地面にもんどり打った。


 がらがらがらどかーーーーん!!


 じゅうたんとは思えぬ音がした。



 *



 その日、実験部隊の隊員たちは思い出した。


 たとえ、どんなに年下でヒョロくてナヨナヨしているように見えても上官は上官だということを……。

 実際、隊員たちの前に現れたクレノ顧問は恐ろしい姿をしていた。

 彼はいま、寝間着パジャマのまま杖だけを手にして隊員たちの前に立ちはだかっている。

 足もとはスリッパで、全身血まみれだ。

 ちなみに、彼の身に何が起きたかについては隊員たちのほうがよくわかっていた。


「く……クレノ顧問、これにはわけがあってですね!」

「知るか!! なんで倉庫送りにしたマッハじゅうたんが暴走してるんだよ。だいいち俺の許可がなければ評価試験ははじまらないはずだぞ!? ——いいか!! 覚悟しろよ!! お前ら全員もれなく営倉えいそう送りにしてやるからな!!」

「クレノ顧問、何卒なにとぞッ何卒それだけはご勘弁を!!」

「あんな狭いところに全員入れたら最初のほうのやつが潰れて死んでしまいます!」


 氷の狼を通り越して炎の狼と化したクレノ顧問を何とかなだめようと、実験部隊のおじさんたちは地面に平伏し、涙ながらに嘆願する。

 自分よりも年上の、もしかしたら父親とそう変わらないだろう年頃の男たちが土下座しておいおいと泣くのを見て、さすがにかわいそうに思ったのだろう。

 現在進行形で背中に刺さっているガラス片のことをいったん忘れ、クレノ顧問はやや態度を軟化させた。


「……わかった。そんなに話したいわけとやらがあるなら一応、聞いておいてやろう。何をしてたんだ」

「はい。マッハじゅうたん加速度耐久男気チキンレースをしていました」

「なんなんだ、その絶対ろくでもなさそうなレース」

「文字通りマッハじゅうたんに乗り身一つでどれだけの加速に耐えられるか男気を競うレース、略して男気レースです」

「誰が考案したんだそんなもの」

「俺です」


 右手を上げて素直に告白したのは最年少のケイジ隊員である。


「そいつを連れて行け」


 ケイジ隊員は仲間に引き立てられて「正直に言ったのになんで? え? これガチのやつじゃん! いつもは腕立てふせとかじゃん」と声を上げたが、誰も命令には逆らえない。

 なすすべなく営倉に運ばれていく。

 活きが良くて声がでかいので角を曲がっても「やぁーーだーーもぉーーっ!」と悲痛な声が聞こえてきた。


「次の質問だ。これはさっき局をめちゃめちゃにしていたマッハじゅうたんだが、何故こんな姿になってるんだ?」


 クレノが医務室に飛びこんできたマッハじゅうたんを見せる。

 マッハじゅうたんはあくまでも布であるが、なぜかこのじゅうたんは裏側に板が打ちつけられていた。


「はい。俺知ってます」

「はい、ユーリ隊員」

「えーっと……男気レースをするに当たってですね、じゅうたんは柔らかくて乗りにくいっていう話になったんです。だから試しにじゅうたんの裏に板を打ってみたところ、格段に乗りやすくなり、体重のかけ方で方向転換やブレーキまで可能になりました。だからです」

「そのアイデアを出したのは誰なんだ」

「俺ですね」

「なるほどな、お前も営倉送りだ。連れて行け」


 クレノの問いに答えたユーリ隊員も、二人がかりで両脇を抱えられて営倉に連れられて行く。「素直に言ったのに……」とつぶやく声が悲しそうだった。


「それから、さっきから気になってることがある。運動場に見たことない工作物がある。あれはなんだ?」


 クレノ顧問が指さした先——運動場には板切れを組み合わせて作られた巨大な構造物があった。それらは運動場をぐるりと囲んでおり、どうみてもバンクやレーンチェンジなどを備えた超本格レーシングサーキットに見えた。

 しかし、おじさんたちはだんまりだ。


「答えないなら連帯責任だぞ。代表して質問に答えろシャネル軍曹」


 名指しされたシャネル軍曹は、つらそうな顔つきで、しかし覚悟を決めたように話し出す。


「……はっ。あれはですね。……もともと私のような巨漢が乗りますと、じゅうたんは高くは飛ばず、さほどスピードも出ないわけです。するとチキンレースとしては私が一番有利ということになってしまいますから……」


 もともとのレースは加速度耐久レースだったはずだ。

 マッハじゅうたんは、文字どおりマッハまで加速する。最高速度に達するとじゅうたんそのものが崩壊し、当然パイロットも大怪我をするから、その恐怖にどこまで耐えられるかを競うというのが当初の目的だったのだろう。


「最初から加速しないのであれば、レースが成立しないな」

「はい。それは卑怯だという声が上がり、それならば、と早々にタイムアタック競技に様変わりしたのです」

「マッハじゅうたんに乗って飛びながら、運動場に作った特設コースを走り抜けるということか」

「はっ、その通りであります。タイムを競う上で皆いろいろに工夫しまして……ただ速いだけではいけません。乗り手の技量テクニックやコース相性など、様々な要素がバランスよく整わなければ勝利の目はない。なかなか奥深い競技なのです!」


 どうやらミニ四駆みたいな競技のようだ。


「よくわかった、説明ご苦労だったシャネル軍曹。連れていけ」


 営倉の住人はこれで三人になった。

 残りの兵士たちは全員、絶望したようにうなだれて『その時』を待つばかりである。


「質問は次で最後だ。チキンレースが時間を争う競技になったというのはよくわかったが、ただ単にゴールまでの時間を競って勝者に名誉のみが与えられていたとは考えにくいな。この中で男気レースで賭けを行った者はいるか?」


 実験部隊の兵士たちはみんな立ち上がり、みずから営倉へと向かって歩いて行った。


 そして誰もいなくなった。


「おまえら~~~~~~ッ! ひとりも残らないってどういうわけだよ!」


 どういうわけもこういうわけも、そういうわけである。

 おそらく営倉(とは名ばかりの鍵つきのジメっとした倉庫)の前には今頃、入りきらなかったおじさんたちがたむろしていることだろう。


 静かな運動場に残っているのは揃って正座しているハルト隊長とフィオナ姫だけになった。


「ハルト隊長! ただでさえ言うこと聞かない連中だとはいえ、これはさすがに部隊の統制が取れてなさすぎだぞ!?」

「はい。面目次第もございません……」

「ハルト隊長を怒らないでくれ、クレノ顧問! ハルト隊長はわるくない、隊長はそなたが眠りこけておる間も奮闘してくれたのじゃ」


 クレノは「は?」と聞き返す。


「本当に悪いのは兵士たちではない。わらわなのじゃ! わらわが男気チキンレースに夢中になるあまり、兵士たちのやることなすこと全てに許可を出してしまったのじゃ~~~~っ!」


 フィオナ姫は泣きながら自白した。

 これで真犯人が明らかになった。


「姫様~~~~~~~ッ!!!!」


 魔法開発局から帰ってきてから数日。

 無茶な魔法の連発と、そして神々からの天罰まで受けたクレノ顧問は疲労困憊ひろうこんぱいして昏睡状態になり、体力が戻るまで医務室で眠りこけていた。

 その間にヒマを持てあました兵士たちがレースを考案、ハルト隊長は止めたものの姫様が許可してしまい、暴走したじゅうたんが医務室に突っこんだ、というのがどうやら事の筋書きというものだったらしい。


「わらわも営倉送りか……?」


 フィオナ姫は瞳を涙でうるませてふるえている。


「できるわけないでしょう! できるわけないからこそ! 自らを強く律する心をもってくださいよッ!」

「ひいいっ! すまんかったっ!」

「ひとまず営倉に行ったやつを連れ戻してください。運動場の工作物を撤去しないことには訓練もまともにできやしない!」

「わかった! すぐにやらせる。すぐにやらせるから!」

「姫様もお手伝いするんですよ。それから一週間おやつ抜きです!」

「うあ~~~~ん! それはさすがにひどすぎるんじゃあ、クレノよ!」


 姫様は大泣きしていたが、これを許すとまた同じことをしでかすのが目に見えている。今日は厳しくいくぞ、と心を鬼にしたときだった。


「クレノセンパイ……! ここにいたんですね、ようやくみつけましたよッ……」


 振り返ると、そこには松葉杖をついたフェミニがいた。

 フェミニはボロボロだった。いつもピカピカな肌は疲労によりガサガサ、つやつやなピンク髪もパサパサしている。身綺麗に整える気力もないのだろう。松葉杖にすがってようやく立っているというありさまだ。

 それに対峙するクレノも病み上がりで背中にはガラス片が突き刺さっている。


 ふたりはそのとき過去のしがらみを一切忘れて『お互い苦労してるんだな』ということを理解しあい、全く同じタイミングで深いため息を吐いたのだった。



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