魔法開発局でクレノが通信魔法を使った際、小神殿は天罰に襲われた。
その際フェミニはルイス王子と通信中のクレノを守るため、涙ぐましい努力をしてふたりのかわりに魔法を使ってくれた。とりあえず、ありったけのストックをルイス王子製『守護の法』に書き換えて使い、ストックがいよいよ無くなりそうになったときには、固有魔法『模倣』を使って複製した魔法を放っていたようだ。
「なるほど、その手で時間を稼いでくれてたのか。便利だな、その固有魔法」
「べんりではありますけどぉ、同じものを連続で『
コピーされ過ぎると劣化するJPEG画像みたいだ、とクレノは思ったが、やっぱり口にはしない。
クレノ顧問は治療をすまして軍服に着替えていたが、気を抜くとその場に倒れこんでしまいそうになる。フェミニにとってもそれは同じだろう。
それほどまでにルイス王子の魔法は重たいのだ。長い時間をかけて
「魔法の世界って……俺が思っているよりもっと複雑なのかもな……」
「なんですか?」
「いや、ひとりごと」
ふたりは運動場の端っこにベンチを出し、お茶をしていた。
お茶とお茶菓子は姫様のねぎらいの品である。当の姫様は運動着に着替えて、兵士たちと共にレーシングサーキットの解体に加わっている。
「とにかく、ですよ。あの大騒ぎで、フェミニは多大な被害をこうむりました。研究用のストックぜんぶ守護の法にされちゃったんですからね。被害はじん大です! この落とし前はどうつけていただけるんですか!?」
「落とし前って言われてもなあ……」
「言っときますけど、消えたストックはもう発表直前だったものなんですよ。センパイのせいで今後のキャリアに傷がついたらどうするんです」
もちろん奮闘してくれたフェミニに対して何かお礼をしなくてはいけないという気持ちはあるのだが、クレノはフェミニが何の研究をしていたのかも知らない。
どんなものがお礼になるのか、没交渉が長く続いたクレノにはこれといったアイデアがなかった。
「俺にできることがあるなら、なんでもするよ」
困り果てたクレノがそう言うと、フェミニはにやりとした。
「言いましたね。前言撤回はなしですからね!」
「もしかして、これが狙いか。いったい何させる気だ?」
「大したことじゃありませんよ。センパイは、ただ、フェミニの作った魔法兵器を見て、アドバイスをくれたらいいんです」
「魔法兵器?」
「はい。前も言った通り、フェミニは魔法兵器のことは全然わかりません。なのでいろいろと教えてもらいたいんですけど……いちから全部教えてくださいというのもずうずうしいですからね。わたしなりに工夫して作ってみました!」
「作ってみた?」
「はい! なので、センパイは魔法兵器づくりのセンパイとして、アドバイスをください。それで許してあげますよ」
ずいぶん簡単に言ってくれるが、これは兵器の話である。
行動力はすごいが『作ってみよう』と思う、というのもおかしなものだ。
「危険なものじゃないんだよな」
「もちろんです。正真正銘どしろうとの初めてですからね。今回は、前々から気になってた魔法生命体づくりにチャレンジしてみました」
「魔法生命体か……」
魔法生命体とは、魔法の力を使って物体に命を宿す魔法兵器技術の総称である。
ただし、命というものは魔法の世界でも取り扱いが難しく、厳密な意味での『生命』を誕生させた魔法使い、ないし魔法兵器開発者はまだいない。
物に人格を持たせて会話できるようにしたり、人が操作しなくても自分で動くようにしたりするのがせいぜいだ。
魔法珍兵器開発室で作ったもののなかでは『真実の鏡』に使われたものがそれに当たる。あれも鏡に魔法によって高度な人格を付与して作成されている。
自律して動く兵器、という意味では『お菓子の家ホイホイ』もそうだ。
「あれはどちらかというと兵器よりも魔法よりの分野だし、これからの発展も見こめる。魔法開発局が取り組んでくれるなら、ちょうどいいかもしれないな」
「でしょう。フェミニだってちゃんと調べてるんですから」
「で、どんなものを作ったんだ?」
フェミニは鞄をいそいそと取り出そうとする。
それから、急に動きを止めた。
「……えっと、見せる前に確認したいんですけど。笑ったりしませんよね」
「え? なんで?」
「だって、センパイは地方軍の技術開発部門にいたんですよね。あそこは魔法兵器開発では一番進んでるとこですし……まがりなりにもその若さで主任研究員だったわけじゃないですか。軍のことは全然わかりませんけど、同じ研究職だからこそなんとなくわかるっていうか……それって結構すごいことだと思うんですよね……」
「フェミニ……」
ずっと嫌われているとばかり思っていたが、研究者としては評価されていたらしいと知り、クレノは少し感じるところがあった。
友達とか、先輩後輩という関係ではうまくいかなかったかもしれないが……。もしかしたら、その道でなら分かりあえるときがくるのかもしれない。
「フェミニ。俺も、俺一人の力で魔法兵器開発をやってきたわけじゃない。右も左も何もわからないところから、色々な人の手助けを借りてここまでやってきたんだ」
具体的に言うと横田にワッと浴びせかけられた知識を元手に、
フェミニは恐らく、初めて作ったつたない魔法兵器を見せるのが恥ずかしいのだ。まずはその緊張を解くのが最優先だ。
「最初はできないのはみんな一緒だ。だから、笑ったりはしない。どんなものが出て来たとしても、まずはその行動力を評価するよ」
そう言うと、フェミニは納得し、覚悟を決めたようだった。
「……わかりました。……えっと、フェミニが作ったものは、すごく単純なんです……。似たような動きを繰り返すだけっていうか……色とか、形も複雑なものにはできなくてシンプルすぎるっていうか」
「うんうんうんうん、はじめはみんなそんなもんだよ」
「いいですか、本当に笑わないでくださいよ。これです!」
フェミニは鞄の中をガサゴソし、魔法生命体とやらを取り出した。
それは白っぽい半透明で柔らかな、円筒状をした物体だった……と言ったら聞こえはいいが、実際は芋虫みたいな形をした物体だった。全長三十センチくらいだろうか。柔らかくて適度に弾力をもつそれが、不規則にうねうねと身をくねらせて左右に揺れたり全身を
「うわ、キッショ」
「クレノセンパイ!!!!」
「え、なんだよ。笑わなかっただろ」
「笑わなきゃ全部が許されるわけじゃないんですよ!!」
「だって……お前、それ、美少女が持っていい見た目じゃないぞ」
形も動きも、なんだか
フェミニがそれを地面に置くと、魔法生物は地面の上を這いまわり、不規則な軌道を描いた。
見るタイプの虚無である。クレノは心の中でその物体にモザイクをかけた。
「ほら、はやく何か言ってくださいよ」
そう言われても、困る。これが何なのかもわからないし、何のために生み出されたのかも、その外見からは読み取れない。
あえて感想を述べるとしたら「キッショ」以外にない。
「…………ええーっと。これは、魔法によって動作を与えてるわけだよな。素体には何を使ったんだ?」
「そたい? ってなんですか?」
「え? ほら……つまり、どんな物体に魔法を与えたのかってことだよ。マッハじゅうたんはじゅうたんがベースになってるだろ。どこにでも窓は、見た目の通り、窓を先に作ってから『外の風景が見える』魔法を付与してるんだけど」
「特に何も使ってませんけど……」
「え!」
フェミニはぽかんとしている。
クレノはあわてて足下を這いずっているモザイク物体を見やった。
「魔法生命体ですから、ぜんぶ魔法で作るんだと思ってました。ちがうんですか」
「違うよ! ということは……これ……全部魔法で生み出してるのか? いったいどうやって?」
「どうやってって言われましても。がんばって、としか……」
魔法は科学とは法則が違う。とはいえ無から有を生み出すのは難関だ。
クレノなど、はじめから無理だと思って考えたことすらなかった。
「フェミニはやっぱり魔法の天才だな」
「そういう言い方はやめてください!」
「ご、ごめん。天才って呼ばれるのは嫌いだってカレンからは聞いているが……それは今も変わらないのか?」
「はい、嫌いです。私より凄い魔法使いなんかこの世にいっぱいいますし、それに、何にも努力していないみたいじゃないですか」
学生時代はクレノもフェミニのことを勘違いしていたわけで、そのことについては強く言えない。
「……けど、俺はやっぱりフェミニはすごいと思う。ほら、タブレット誤飲事件のとき、フェミニがどこにでも窓を使って助けてくれたことがあったじゃないか」
「ええ、そういえばそんなこともありましたね。でも、今は魔法生命体の話をしてるんですけど?」
クレノ顧問はチラッと薄目を開けて、地を這う
どう考えても救えない命だった。
「魔法生命体のことはいったん忘れよう。それより、あのときフェミニが書き換えた魔法……あれを、
そう言うと、フェミニはびっくりしたようだ。目を丸くして、そんなことは考えもしなかった、というような困惑しきった表情を浮かべていた。