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第97話 フェミニ式魔法生命体③


「で、でもでも。あのときは必死すぎて、もともとあった魔法をどんな風に書き換えたのかも覚えてませんし……」

「一度考えついたことなら、もう一度思い出せるはずだ。思い出す手伝いなら、いくらでもする。それくらいしか失ったストックのかわりになりそうなものを思いつけないしな」


 地面の上を不快な動きでのたくっている半透明の卑猥ひわいなウナギにしたってそうだ。フェミニは自分が考えたこと、やってみたことのすごさを今ひとつわかっていない。すべての物事について全力で努力をしているからこそ、要点というものが掴めていないのだろうとクレノは思う。

 そう言っても、フェミニは自信がなさそうだった。


「だから、この不快な物体はもうしまってくれないか」

「そんなに使い物にならないですかねえ。かわいそうなウゴちゃん……」

「名前をつけるな。ウゴちゃんのことは忘れろって言ってるだろ」


 フェミニ式魔法生命体は地面の上を少しずつ移動し、クレノ顧問の足にいやらしくからみついていた。こんなにも望まれぬ命があっただろうか、と悲しく思うと同時に脳内の菅原すがわら先生が「反語」と言った。


「それで、センパイのほうはどうなってるんですか?」

「俺のほうって?」

「ほら、閲兵式のことですよ。我らが魔法開発局にあれだけの被害を出しながら、なんの成果も得られませんでした! じゃすまないんですよ」


 フェミニはようやく魔法生命体をしまってくれた。

 鞄ごと振動しているのが気になりすぎるが、必死に無視する。


「……そうだな。俺もそろそろ覚悟を決めなきゃだよな」

「そうですよ」

「じゃ、これから話すことは、ルイス王子にはまだ黙っててくれるか?」

「いいでしょう。殿下もさすがに、閲兵式のアイデアをパクったりはなさらないと思いますけど」

「それもあるけど、ルイス王子には当日まで黙っておいてびっくりさせたいんだ」


 クレノは立ち上がる。かたわらには板に打ちつけられたマッハじゅうたんがある。

 それを持ち、運動場に歩いていく。

 フェミニもその後を追いかけた。


「作業やめ! 集合!」


 クレノが声をかけると、実験部隊の兵士たちが作業を中断し、集まりはじめる。

 金色の二本のしっぽをひるがえし、一番最初にやって来たのはフィオナ姫だ。その後にハルト隊長が続く。


「どうしたんじゃ、クレノ顧問!」

「一度、今後の開発方針を俺の口から伝えておこうと思いまして……。姫様には事前に伝えるべきかとは思いましたが」

「閲兵式のことじゃな。よいよい、わらわはそなたに任せると決めたのじゃし。それにここにいるみんな、魔法兵器開発の仲間たちじゃ。みんなで考え、みんなで決めようぞ」

「はい。姫様のお心遣いに感謝いたします」


 クレノ顧問は集まってきた兵士たちの顔を見回す。


「では、これより閲兵式に向けた開発方針を伝える! まずは残念なお知らせからだ。開発に使える期間は二か月を切った。この短期間で完璧な兵器を、設計から評価試験を経て閲兵式に持っていくのはまず無理だと思う。それをふまえた上で、魔法兵器開発室のライバルでもある魔法開発局ことルイス王子殿下のところの動向に着目したい」

「珍ではないぞ、クレノ顧問。ちゃんとした魔法兵器開発じゃ!」

「珍は珍ですよ」


 クレノが言うと、兵士たちが軽い笑い声を上げる。


「おそらく、ルイス王子殿下のところは、お披露目会の時に出てきた魔法動力機関をブラッシュアップした新作を出してくるはずだ。とはいえ開発期間がないのは向こうも同じ。となると——閲兵式の会場には、軌条レールを敷いて列車を走らせることはできないから、軌条がなくても動く、馬を用いない車——仮にこれを“”と呼ぼう。そういったものを出してくるんじゃないかと俺はにらんでる」


 ちらりとフェミニをうかがうと、フェミニはすまし顔である。

 こちらの情報を流すつもりはないが、情報をくれるつもりもないようだ。

 まだ二局間には断絶があるな、と思いながら続ける。


「その自動車は人や兵士、物資、あるいは大砲を運ぶための輸送車という形で出てくるはずだ。どう思う、ハルト隊長」

「かなり現実味のある計画だと思います。それに、実現すれば大きな力になってくれそうですね。重たい砲を兵士のかわりに運んでくれるなら行軍の足がぐっと伸びます。戦術の幅も広がるでしょう」

「だよな。計画そのものには俺も賛成だ。邪魔をするつもりもない。……そこで、だ。俺は殿下が考えてらっしゃる『一度で大量の物資を輸送する』という方針に一石投じようと思う」


 あれだけ閲兵式に何を出すか、悩みに悩んでいたのに、クレノは今、何の不安もなかった。横田と話して、ある程度過去のことに踏ん切りがついたせいかもしれない。


「みんなも知ってのとおり、戦時下における物資輸送任務は命がけだ。これがなくては戦争はできないが、だからこそ敵も補給ルートを狙ってくる。限られた地上のルートを使った輸送任務は熾烈しれつ極まる。よって、俺たちは……」


 クレノは空に向けて人差し指を立てた。


! 空には山も無ければ谷もなく、川も海もない。空を飛べる輸送用の車を作り、自由自在なルートで人や物を運ぶ。俺たちは残りの期間を使って、国王陛下や王子殿下に、そういう未来を見ていただく!」

「空を……! でもでも、そんなこと本当にできるのか、クレノ顧問!?」


 フィオナ姫がたずねる。

 心配で訊ねているというよりは、空を飛ぶ兵器を見たくてたまらない、という雰囲気だ。


「もちろん。これを使えば可能です」


 クレノがみせたのは、マッハじゅうたんの残骸ざんがいだ。


「さっきは叱ったが、ユーリ隊員。じゅうたんに板を張ったのは良いアイデアだ。俺もじゅうたんの柔らかさには難があると思っていた。マッハじゅうたんのスピードがコントロール可能になったとしても、布である以上、重量のあるものを乗せると中心部がたわみ、乗せられるものには限界が出てくる」


 だが、板にじゅうたんを貼りつけて飛ばすことができるなら、この問題はある程度解消できる。


「だからまずは木で、荷物を乗せられる箱……荷馬車で言うところの荷台部分を作ろう。それにじゅうたんを貼りつけて、空を飛ばすんだ。どうやって操作するかは、ガテン親方とも相談して考えるが……。確か、体重のかけ方でブレーキや方向転換ができるようになった、とか言ってたよな?」

「はいはーい! 俺、それ得意です!」


 一番に営倉送りになった若者、ケイジ隊員が誇らしげに手を挙げる。


「なんてったって、第一回男気レースグランプリ優勝者ですからね、俺は!」


 ケイジ隊員は自慢げに言わなくてもいいことを暴露し、仲間たちから後頭部を叩かれていた。

 ほかの兵士たちも、反応は様々だが否定的な感じはしない。誰もが、クレノの提示した計画について考えている。

 パンジャンドラムのときも一人よがりでなく仕事を進められていたら、結果は違っていたかな、とクレノはふと考えた。

 とんでもない失敗をしたあのときの苦しさや痛みは、まだ心にあると思う。

 でも、それよりも今は、この閲兵式を成功させてフィオナ姫の夢の手助けになりたいと思う——その気持ちを強く感じた。


「……あ、将来といえば。シャネル軍曹、ちょっといいか」

「はい、なんでしょう」

「これは閲兵式とは関係ないんだが。もう一回、?」


 シャネル軍曹以下、兵士たちが悲愴ひそうな顔つきになる。無理もない。

 あの恐ろしい珍兵器を飲みこんだ人間がどうなるかは、ここにいる全員が学習済だ。


「ななななな、何を言っておるのじゃクレノ顧問!」


 突然の無慈悲すぎる提案にフィオナ姫も混乱した様子だ。

 クレノ顧問は満面の笑みを浮かべながら答える。


「姫様、実はですね。ここにいるフェミニに、あの事故のときに思いついた魔法を医療用の魔法として発表させてやりたいのですが、とっさのことだったのでどんなふうに祈禱文を書き換えたか思い出せないと言うんですよね。だったら、事故の状況をもう一度再現すれば記憶が刺激されて思い出せるかもしれないな~と思いまして」

「あれをもう一度やったら今度こそ死んでしまうかもしれないのじゃぞ!?」

「姫様の言うとおりですよ、何をバカなことを言ってるんですか、クレノセンパイ!」


 姫様の意見に、当の本人であるフェミニもあせって加勢してくる。

 クレノは不思議そうな顔つきで続ける。


「俺が癒しの法を連発しますから、大丈夫ですよ。万一のことがあったとしても……姫様を懐柔かいじゅうして、勝手に魔法兵器を持ち出し、魔改造してレースごっこで遊びまくり、俺をガラスまみれにした兵士たちの命ひとつで医療の進歩に貢献できるわけですから安い犠牲です。……な? そうだよな、お前ら?」


 クレノ顧問は再び兵士たちを振り返った。それくらいの覚悟でヨルアサ軍人をやっているのだろうな、という圧がこめられたその表情は、かなり恐ろしいものだったに違いない。

 兵士たちは文句を言うこともできず、その場で縮こまっている。


「やってくれるよな、お前たち? 誇り高き王国軍人だもんな?」

「センパイ!! フェミニは天才ですから、そんな犠牲がなくても思い出せますから!! っていうかもう思い出しました!! ハイ! まさに今!! 思いだしましたよッ!!」

「遠慮しなくていいんだぞ、フェミニ」

「思いだしましたって言ってるでしょーーーーッ!!!!」


 これまでクレノ顧問のことをフニャっとした頼りない男、と認識していたフェミニであったが、この日、そこにさらに『危険人物』という一文が加わった。

 相互理解というのはなかなか難しい。


 王国歴435年蝉の月13日のことであった。

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