学校までの道は路面が濡れているだけだった。グラウンドに積もっている希望は薄そうだ。
「積もってないかぁ。」
校門を抜けてすぐに見えるグラウンドに雪が積もっていないのを確認して、桜が呟く。ちょっとは期待していたようだ。今週いっぱいは寒気に入っているみたいだから、チャンスくらいはあるだろう。
教室に上がって授業の準備をする。今日は体育もあるし、コミュ英もあるから結構しんどい日だ。まずは乗り切らないとな。
〇〇〇〇〇
眠い……。何でコミュ英ってこんなに眠たいんだろう。授業が暇だからか、最近寝不足だからか。そのどっちもだろうな。周りのみんなも寝てるし、寝よ……。
誰だろう?そこで泣いているのは。うずくまってるから顔が見えないな。
「ねぇ、君。大丈夫?」
「―――――」
無言か。周りは何も見えないから、いるのはこの子だけかな。いや、他に何かあるかも。少し歩いてみよう。
私が立ち上がると、ぐいっと引っ張られる感覚があった。さっきの子が俯いたまま、私のスカートを引っ張っている。全くどうして欲しいのか分からない。
「はぁ、しょうがないから一緒にいたげる。」
「―――と。」
今回は何か聞こえた気がした。
その子の背中にもたれかかり、話しかける。
「名前は?」
「―――。」
「どこから来たの?」
「――――――。」
「何か答えてよ。」
「―――。」
振り返ってみる。頬に一筋の光が伸びていく。その横顔に見覚えがあった。この髪の色、間違いない。私が1番嫌いな子、幼い頃の私だ。
「なんだ。私だったの。」
「―――。」
「何?楽しく生きている今の私が羨ましくなったの?」
「――――――。」
「また無視か。何か言いたいことあるんなら言いなさいよ。」
「………、――――よ。」
「何?」
「忘れてよ。」
「えっ?」
幼い頃の私は立ち上がる。
「待ってよ!どういうこと?」
そんな私の叫びも虚しく、走り去っていき、見えなくなった。まるで、雪原の白兎のように。
少しずつ視界が淡くなってくる。夢から覚めるのだろう。こんなこと言いたかったんじゃない。あれは、自分で生きていけると過信して、誰も信じられなくなった私。人の影の部分しか見えなくなってしまった私。私が言いたかったのは…、くそっ届かないか。ならばどうか、誰か見つけてあげて。そして、光を見せてあげて。お願い…
目を覚ます。もう、コミュ英の時間が終わろうとしていた。先生が何か説明しているが、私の頭には響かない。
『忘れてよ。』
昔の私のその声だけが、繰り返し響いていた。