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第32話 情人⑥ ~桜の場合~

 ふぅと1つ息をつく。机に置いているのはさっききいから貰ったクッキー。あの様子からすると、きいは久志のことが好きなんだと思う。私には関係ないけど。なのに、私の中の誰かが邪魔したいって言ってる。


「雪兎ちゃん…ではないよね。」


当時の私は、そんなに貪欲ではなかったから、多分違う。じゃあ一体…


「桜、どうしたん?難しい顔して。」

「えっ、別に何も。そっ、それよりもうこんな時間やし、晩ご飯の用意しよ。」

「そうだな。」


朝からずっと喋っている。なのにまだ肝心なものを渡せていない。あの袋は、私の部屋に眠ったまま。きいはあんなに普通に渡せてたのに、なんか緊張してる。今日が終わるまであと7時間もない。本当に早く渡さないと…


 私は自分の部屋に取りに行こうとする。だけど、立ち止まって考えた。久志は今から晩ご飯の準備。うん、今じゃないな。私は久志を手伝うことにした。


『いただきます。』


今日の晩ご飯はキムチ鍋。市販のつゆから作ったので、意外と簡単にできた。


「うん。美味しい。」

「このピリ辛具合がちょうどいいね。」

「〆のラーメンが楽しみだな。」


あれ?なんか忘れてるような。あぁ、バレンタインか。食べ終わったくらいで渡そう。


 結局渡せてなーい!もう晩ご飯も食べ終わったのに。いつもなら「はいこれ」みたいなテンションで渡せるはずなのに、渡せない。1回リラックスして、久志の顔を見る。目が合った。


「どうした?」

「ちょっと待ってて。」

「えっ、あっ、おう。」


自分の部屋に上がって昨日買った袋を取る。今の今まで引きずったんだ。今更「いい雰囲気で」なんか思ってない。ただ、いつも通り。何気ない態度で。


「えっと、これね。今日、バレンタインやし。」

「えっと、うん。ありがとう。」


私がガチガチになっちゃうから、久志もやっぱりガチガチになっちゃってる。


「どうしたの?」

「いや、まさか貰えるとは思ってなかったから。ちょっとびっくりしてるだけ。普通に嬉しい。」

「そう、よかった。」


私はちょっと安心して、ニコッと笑ってみせる。すると、久志も少しだけ笑顔になった。


「もうちょっとだけ起きとける?」

「もちろん。何時まででも。」


久志のその言葉に少し嬉しくなって、寝たのは3時を回った頃だった。


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