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第77話:天罰を下してやる。(リュディガー視点)

 ――そして1年が経った。


「……マーヤ」


 この日はマーヤの16回目の命日だった。

 例によってマーヤの遺体が遺棄されていたゴミ捨て場にカレーパンを供え、無言で手を合わせる――。

 すると――。


「ククク、1年ぶりだねリュディガーくん。今日もあの日と同じく、実にいい天気だ」

「……」


 そこには1年前と同じく、可憐な少女の姿をした【好奇神ロキ】が佇んでいた。

 いや、1年前に比べると、少しだけ大人っぽくなったか?

 このくらいの歳の子の成長は早いからな。


「随分待たせたな。もう死んだのかと思っていたぞ」

「ククク、まあ私にもいろいろと準備があったのさ。おお、そうだ、団長に就任したんだってね? おめでとう、リュディガーくん」

「フン、貴様に祝われても、嬉しくはないな」


 所詮私は、ヴォルフガング団長が引退したことにより、繰り上げで団長になったに過ぎない。

 本物の団長だったヴォルフガング団長に比べれば、私は偽物の団長なのだ。

 現に未だに王立騎士団の団長といえば、【軍神伯爵オーディン】であるヴォルフガング団長の名を挙げる者も多い。


「まあまあそう言わずに。我々の使命を全うするためには、君のその団長という立場こそが必要なのだから」

「何……?」

「――紹介しよう、この子たちが【弱者の軍勢アインヘリヤル】の頼もしい仲間だ」

「――!」


 【好奇神ロキ】の後ろから、四人の若い男女が現れた。


「どうも、ブルーノ・ゲープハルトと申します」

「イルメラ・リリエンタールです。どうぞよろしく」

「アッハッハ! ジュウベエ・ヤギリでござる」

「ニンニン、コタ・フウマです、ニンニン」


 一目でわかった。

 ――四人とも、桁外れの強さを持っている。

 それこそ今すぐにでも、王立騎士団の隊長格になれるほどに。

 この四人が仲間になってくれれば、私たちの目標達成は大分楽になることだろう。


「今、【弱者の軍勢アインヘリヤル】と言ったな、【好奇神ロキ】? それが我々の組織の名前なのか?」

「ククク、その通りさ。こういうのは形から入るのが肝心だからね。我々にピッタリの名前だとは思わないかい?」

「……確かにな」


 強者を打倒するための、弱者の軍勢、か――。

 言い得て妙だな。


「君には団長という立場を利用して、この四人を是非王立騎士団で騎士として働かせてあげてほしいんだ。四人とも経歴はあまり表には出せないから、その辺はどうか上手く処理してほしい。君ならできるだろう?」


 ああ、そういうことか。

 後ろ暗い過去があるから本来なら騎士にはなれない立場の人間でも、団長ならどうにかできると踏んでいたということか。

 そうして徐々に王立騎士団を、【弱者の軍勢アインヘリヤル】が掌握するというわけだな?

 おそらく1年前のあの日、【好奇神ロキ】はここまで見込んで私に声を掛けたのだろう。

 ――つくづく恐ろしい男だ。


「私もあと2、3年くらいしたら救護班として入団させてもらうから、その時はよろしく頼むよ。その間私は裏で【魔神の涙】を完成させるために人体実験を進めるから、その辺も上手く王立騎士団そちらで証拠を揉み消してほしい」

「随分な無茶ブリだな。……まあいいだろう」


 どの道そのくらいのリスクは冒さなければ、マーヤが笑って暮らせるような世界を創るという、私の夢は叶えられないからな。


「ククク、君ならそう言ってくれると思っていたよ。ああそうだ、もう一人紹介しておく仲間がいたんだった。オォイ、出て来たまえ」

「ガッハッハ! 俺のことを忘れるなんて、酷いじゃないか【好奇神ロキ】」

「――!!」


 そこに現れた人物を見て、私は思わず絶句した。

 それは最近入団したばかりの、ヴォルフガング団長の息子であるヴェンデルだったのだ――。


「……驚いたな。まさか君まで、【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一員だったなんて」


 君はむしろ、貴族強者の側じゃないか……。


「ガッハッハ! お前は貴族強者の側じゃないかとでも言いたげですね、団長?」

「――!」


 どうやら顔に出ていたか。


「確かに俺は貴族の息子ではあります。――ですが同時に、紛れもない弱者でもあるんですよ」

「……」

「俺には弟と妹がいるんですが、どっちも俺より遥かに才能があって、俺はザイフリート家の長男なのに、いつか弟妹たちに抜かれるんじゃないかと、毎晩ビクビクしてるんですよ」

「……なっ」


 私から見ればヴェンデルも十二分に才能に溢れているが、ヴェンデル本人がそう言うなら、多分そうなのだろう。

 偉大な父を持ったことによるプレッシャーなら、同じく1年前まで偉大な上司を持っていた私にも、よくわかる。


「【好奇神ロキ】は仲間になれば、俺を誰よりも強くすると約束してくれました。だから俺も【弱者の軍勢アインヘリヤル】の一員として、何でもやらせてもらいますよ、団長」

「……そうか、そういうことならよろしく頼むよ、ヴェンデル」


 ヴォルフガング団長の息子であるヴェンデルが手を貸してくれるなら、こんなに心強いものはない。

 ……息子が宿敵に組していると知ったら、ヴォルフガング団長は胸を痛めるかもしれないが。


 ――こうしてこの日ここに、【弱者の軍勢アインヘリヤル】は決起したのだった。




 ――それからの数年は目まぐるしく過ぎていった。

 ブルーノ、イルメラ、ジュウベエ、コタの経歴を改竄し、予定通り王立騎士団に入団させた。

 四人とも強さは申し分なかったため、あっという間に隊長格まで上り詰めた。

 その間【好奇神ロキ】の言っていた通り【魔神の涙】による事件が各地で発生していったが、その全てを私は秘密裏に揉み消した。

 事件の被害者になった者たちのことを考えると良心がジクジクと痛んだが、これも理想を叶えるための尊い犠牲だと目を逸らした。


 程なくしてヴェンデルの弟妹であるヴェルナーとヴィクトリアも入団してきたが、なるほど、ヴェンデルの言う通り、この二人の才能は別格だった。

 いや、正確に言うと、身体的なポテンシャルだけならヴェンデルのほうが上だろう。

 だがこの二人の真に恐ろしい部分は、その強靭なまでの精神力だ。

 二人とも戦うという行為に対して、微塵も躊躇いがないのだ。

 人間は本来弱い生き物。

 明確な殺意を持って襲い掛かってくる敵に対しては、大なり小なり足が竦んでしまうのが普通。

 それはこの私とて例外ではない。

 ――しかしヴェルナーとヴィクトリアにはそれがない。

 敵と認識した者に対しては、たとえ肉親であろうと全力で剣を振ることができるだろう。

 何代にも懸けて戦うことだけを生業にしてきた、ザイフリート家の血がなせる業と言える。

 そういう意味ではヴェンデルは容姿だけではなく、精神面もヴォルフガング団長の血が濃かったのだろうな。

 ヴォルフガング団長は婿養子で元々はザイフリート家の人間ではないから、良くも悪くもお優しい性格をされていた。

 そんな父に似ているからこそ、ヴェンデルは弟妹たちの成長に、内心焦っていたのだろう……。




「本日より救護班として配属されました、アメリー・ハーニッシュと申します。どうぞみなさん、よろしくお願いいたします」


 そして満を持して、【好奇神ロキ】も入団してきた。

 ほんの数年前まで幼さの残る少女の姿だった【好奇神ロキ】は、すっかり大人の女性へと変貌していた。

 このくらいの年頃の女の子にとっての数年間というのは、まさに蛹が蝶に羽化する期間に当たるのだろう。

 ……中身はあくまでジジイだが。


 ここまでは怖いくらいに順調だった。

 このまま特に私の心は揺れることなく計画を進められると、この時は思っていた――。

 ――だが。


「えー、今日から副団長として入団した、ローレンツ・オストヴァルトだ。よろしくな、お前ら」

「――!!」


 不慮の事故で引退した副団長の後釜として入団してきた男を見て、私の全身は粟立った。

 ――それは私の仇敵である、オストヴァルトの息子だったのだ。

 ローレンツはマーヤを殺した当時のオストヴァルトに瓜二つだった。

 血の繋がった実の息子なのだから、当然と言えば当然だ。

 ――だが、長年復讐を誓っていた男と同じ顔を持つ人間を前にして、私は激しく狼狽した。


「ん? 俺の顔に何かついてますか、団長?」

「い、いや、何でもありません……」

「……そうっすか」


 落ち着け。

 私の復讐相手はあくまでオストヴァルトだ。

 ローレンツ自身には何の罪もない。

 憎い相手の息子だから諸共復讐するなんてのは、とても正義とは言えない。

 私はマーヤから、立派な騎士になってねと言われたのだ。

 マーヤとの約束を破るような真似だけは、決してしてはならない――。




 ――だが、ローレンツが副団長になってから、1年が経ったある日のこと。


「ふぅ」


 この日の私は仕事終わりに小さな酒場の隅で一人、酒をあおっていた。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「オウ、11人だ」

「「「ヒャッハー!」」」

「……!」


 その時だった。

 ローレンツがモヒカン刈りでトゲトゲ付きの肩パッドを装着した、明らかにカタギには見えない集団を引き連れて、酒場に入って来た。

 ローレンツたちは私の隣のテーブルに座ったが、ちょうど柱の陰になっていて、ローレンツは私に気付いていないようだった。


「ヒャッハー! ローレンツ様、この前の女は上玉でしたねぇ」


 この前の……女?


「だろぉ? 俺が前に騎士団内で見掛けてから、ずっと目を付けてた女だからなぁ。やっぱ女は、ロリ巨乳に限るぜ」

「――!」


 この時私の背中に、不意に悪寒が走った。


「やっぱロリ巨乳をボコボコに殴りながら犯してる時が、一番生を実感するよなぁ」

「ヒャッハー! ローレンツ様、一生ついていきまーす!」


 まさか、コイツらは――!!


「……ところで、あの女の死体は、ちゃんと山奥に埋めたんだろうな?」


 ――!!


「ヒャッハー! もちろんですよ! 誰にもわからない場所に埋めましたから」

「ならいいんだけどよ。俺としたことが、殺すつもりまではなかったんだが、ついついテンション上がって、殴りすぎちまったな、ヘヘヘ」


 ……ここ数日、王立騎士団の女性団員が一人、行方不明になっていた。

 その団員はローレンツから、何度もセクハラ行為を受けていたという目撃証言もあった。

 ――間違いない。

 コイツらがその、女性団員を――!


「まあ、万が一バレでも問題はねーけどな。俺の親父なんか若い頃は、殺した女をその辺のゴミ捨て場に捨てさせてたらしいしよ。親父に頼めば証拠なんかいくらでも揉み消せるから、これからも楽しくやろーぜお前ら!」

「「「ヒャッハー!」」」

「今俺が目を付けてるのは、イルザっていう、これまたロリ巨乳の団員だ。もう少ししたらいつも通り俺の別荘に連れて来るから、そしたらまたみんなでパーティーしよーぜ!」

「「「ヒャッハー!」」」


 思わず吐き気がした私は、ローレンツに気付かれないよう、そっと酒場を後にした。

 ――やはりクズの息子はクズだったということか。

 アイツも父親同様、この私が天罰を下してやる。

 私は決意を胸に、夜の街へと踏み出した――。

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