朝、起きてからはエドアルドから魔力を注いでもらって、魔力の制御を習う。
朝食を食べてからは家族で一緒に過ごす。
湖畔の別荘での二日間はリベリオにとってとても楽しかった。
ボートに乗ったときにはエドアルドがリベリオに敬語で話さなくていいと言ってくれた。本当の家族に近付けたようで嬉しかった。
ピクニックで湖が見える丘の上でサンドイッチを食べたときには、エドアルドはリベリオに自分のサンドイッチを一口分けてくれた。美味しくて幸せで、リベリオは感動していた。
エドアルドと自分の距離はこの旅で非常に縮まるかもしれない。
アウローラは最初から空気を読まずにエドアルドに突撃して行って、仲良くなっているようだから、後はレーナだけだ。レーナとエドアルドが打ち解けてくれればリベリオとアウローラとレーナはエドアルドと本当の家族になれる。
亡くなった母親を忘れられないのだろう。エドアルドはレーナに対しては硬い態度を取り続けている。それが軟化してくれればいいのだが。
「エドアルドお義兄様、おはよう」
「おはよう、リベリオ」
同じ部屋で寝起きをするのも三日目になると慣れて来る。毎日リベリオはエドアルドよりも早く眠ってしまうし、リベリオが起きたときにはエドアルドは先に起きているので、エドアルドの寝顔を見たことはないが、エドアルドはリベリオが起きるまでベッドに座って本を読んで待っていてくれる。
「今日も魔力の制御を教えて」
「今日は魔力の保持を教えよう」
魔力臓が壊れているのでリベリオは常に魔力を放出している形になる。それをできる限り抑えて保持しておく方法を教えてくれようというのだ。
医者にかかった時点ではあと何年生きられるか分からないと言われたリベリオだが、エドアルドと魔力の相性がいいと分かって、魔力を一日に一度注いでもらえば普通の子どものように生きられる。エドアルドはリベリオにとって命の恩人だった。
手を取って魔力を注いでくれているとリベリオはその温かさに涙が出そうになる。
「エドアルドお義兄様、ありがとう」
「リベリオ、体中に魔力を行き渡らせて」
「はい」
エドアルドに促されてリベリオは体中に魔力を行き渡らせる。背中からエドアルドが抱き締めてくれて自分の体という器の大きさは理解できたので、魔力を漏らすことなく全身に行き渡らせることができた。
「その魔力を魔力臓に集中させて」
「魔力臓に?」
「リベリオの体の中で、ひと際強い魔力を蓄えてる場所だ」
感覚を鋭敏にするために目を閉じてみると、エドアルドの注いでくれた温かな魔力に満たされた場所が体の中にあることに気付く。そこに魔力を集中させていくとエドアルドがリベリオの髪を撫でて褒めてくれる。
「上手にできてる。この感覚を忘れないで」
「はい、分かったよ」
きっとこの訓練も重大な意味があるのだろう。未来が見えている先見の目の持ち主であるエドアルドは多くは語らないが、何か重大な理由があってリベリオに魔力の制御を教えているのだ。
「エドアルドお義兄様が言うなら何でもするよ。エドアルドお義兄様には未来が見えていて、わたしが魔力を扱えるようになることが必要になるって分かっているんだものね」
「いや……」
「分かってる、エドアルドお義兄様は先見の目のことをあまり話したくないって。でも、わたしには伝わってくるから、安心して」
謙虚に否定しようとするエドアルドは先見の目のことをずっと隠してきたのでその癖が抜けないのだろう。先見の目で何度も救われているリベリオはエドアルドが否定してもそのことに関して全く気にしていなかった。
朝食後に荷物を纏めて、アマティ公爵領の駅に馬車を走らせた。駅から列車に乗って王都のタウンハウスに行くのだ。王都のタウンハウスに行ったら、国王陛下に謁見するのだ。レーナとリベリオとアウローラはそこで国王陛下に紹介される。
アルマンドの話では国王陛下はこの再婚に賛成で、レーナのこともリベリオのこともアウローラのことも認めているというが、実際に会ってみるまでは真実は分からないのが貴族社会というものだ。弟のジャンルカに願われて無理やりに条件を飲んだのかもしれないし、表面では歓迎していると言ってもそれが建前だったなんてことも有り得る。
九歳にしてリベリオは病のせいで貴族社会の嫌な部分を目の当たりにしていた。
「あーたん、おうたまにあうの?」
「そうですよ、アウローラ。国王陛下にお会いするときには、自分のことは『あーたん』ではなく、『わたくし』というのですよ」
「わたくち?」
「そうです。王様ではなく、国王陛下と呼びましょうね」
「わたくち、こくおうへーかにあう!」
「お会いしますと言ってみましょうか」
「わたくち、こくおうへーかにおあいちまつ!」
「とても上手ですね」
レーナに喋り方を指導されているアウローラだが、アルマンドに会ったときには「おうじたま」と興奮して礼儀など全く無視だったし、国王陛下に会ったときにも全て礼儀が吹っ飛んでしまうのではないかとリベリオは心配していた。
「アウローラはまだ小さい。そのままで」
「エドアルドの言う通りだ。アウローラはまだ小さいのだから、兄上も多少のことは目を瞑ってくださるよ。兄上も子ども三人の親なのだ。三歳の子どもがどんなものかは知っている」
「エドアルド様、ジャンルカ様、国王陛下に失礼のないようにしなければ」
「あーたん、できるよ! あ! わたくちだった!」
既に失敗しているアウローラに苦笑しながらリベリオは話を聞いている。エドアルドもジャンルカもアウローラがそのままでいいというのだが、アウローラも国王陛下の前に出るのだ、少しは礼儀を弁えないといけないだろう。
「アウローラ、わたしのことは『リベリオお兄様』と呼ぶんだよ」
「にぃに、ちがうの?」
「公の場ではそう呼んで。お義父様のことはパパじゃなくて『お義父様』と、お母様のことはママじゃなくて『お母様』と」
「むつかち!」
「リベリオ、三歳のアウローラにはまだ難しいよ。無理をしなくていいんだよ、アウローラ」
「お義父様は甘すぎます」
アウローラに甘いジャンルカはそう言ってくれるが、公の場で恥をかくのはアウローラの方なのでリベリオも必死だった。
教え込むリベリオに、アウローラは嫌がって顔を背けてしまう。
「リベリオ」
「エドアルドお義兄様……わたしはアウローラが責められることなくしたいの」
「大丈夫」
「そうなの?」
エドアルドが大丈夫と自信を持って言ってくれているのだから大丈夫なのかもしれないが、リベリオは不安が拭えなかった。
「兄上にとってはアウローラは義理の姪だ。そんなに心配することはないよ。リベリオがアウローラを大事に思っているのは分かるけれど、三歳のアウローラに喋り方を全部変えるように言うのはまだ酷だよ」
国王陛下の義理の姪にアウローラがなるということは確かなのだが、それでもこんな喋り方で失礼ではないのだろうか。
心配が消えないリベリオの手をエドアルドが握ってくれた。
大きくて温かいエドアルドの手に手を包まれて、リベリオの頑なな心が溶けていく気がする。
「にぃに、こあい……」
「ごめん、アウローラ。必死になりすぎてしまったね」
「にぃに、おこってない?」
「わたしは怒っていないよ」
指導したのがアウローラには怒っているように感じられたようだ。リベリオは自分の未熟さを実感する。
かわいい妹を守りたいと思っていただけなのに、怯えさせてしまった。
「ごめんね、アウローラ」
アウローラはそのままでいいんだよ。
そう認めてあげることができればいいのかもしれない。
けれど、国王陛下との謁見を前にして、リベリオは自分も緊張していることに気付いてしまったのだった。