エドアルドは朝からリベリオの寝顔を見詰めるために、ベッドに腰かけて本を読んでいるふりをしていた。健やかに眠るリベリオの寝顔はとてもかわいらしい。淡く色づく唇に薔薇色の頬、長い蜂蜜色の睫毛に、ふわふわの前髪が額にかかる。
(リベたんはなんでこんなにきゃわいいのでしょう。神が作り給うた奇跡の造形! リベたんこそ天使! こんなにかわいくて、性格もよくて、お兄ちゃんのことを慕ってくれる弟ができて、お兄ちゃん、幸せです!)
寝顔を見詰めながら幸せを噛み締めていると、リベリオの瞼が動いて、目が開く。
カーテンから漏れて来る朝日を浴びてきらきらと輝く蜂蜜色の目に、エドアルドは見とれてしまった。
蜂蜜色の髪に蜂蜜色の目はリベリオの幼い丸さを残すあどけない頬の顔立ちによく似合って、絵画の天使のようだった。
「エドアルドお義兄様……」
蜂蜜色の目の焦点があってきて、エドアルドを視界におさめるとふにゃりと微笑むのがかわいくてたまらない。
今日も生まれてきてよかったとエドアルドは神に感謝するのだった。
朝食前にリベリオに魔力を注いで、魔力の制御も教えて、一緒に食堂に行く。
家族で朝食を取ると、馬車に乗ってアマティ公爵領の駅まで向かった。アマティ公爵領の駅からは王都への列車が出ている。この国は鉄道事業がしっかりと行き渡っていて、特に地方から王都への路線は張り巡らされていて、移動は楽になっていた。
駅へと向かう馬車の中で、レーナがアウローラに自分のことを「あーたん」ではなく「わたくし」というように指導していた。
(レーナ様、アウたんはまだ三歳なのです! 「あーたん」でいいではないですか! って、「わたくち」!? なにそれ、かわいい! アウたんが自分のことを「わたくち」っていうの!? それはかわいすぎて誘拐されない? やっぱり、「あーたん」でよくない?)
その気持ちを込めて「アウローラはまだ小さい。そのままで」と告げれば、ジャンルカも同じ気持ちだったようで、アウローラに無理をさせないようにレーナに言ってくれる。
自分のことを「わたくち」というアウローラは最高にかわいかったが、三歳なのに無理に喋り方を強制する必要はないとエドアルドは思っていた。
国王陛下について、エドアルドは王都に行くたびに会っているので人柄をよく知っている。政務に対しては勤勉で真面目で素晴らしい国王なのだが、自分の子どもたちや身内には非常に甘くて、弟のジャンルカに対しても甥のエドアルドに対しても非常に優しい方だと分かっている。
アウローラとリベリオを見て、「かわいい!」と天を仰ぐことはあっても、認めないなんてことはないだろうとエドアルドは感じていた。
(「にぃに」とリベたんのことを呼ぶアウたんは今しか見られないんだよ! 女の子はすぐに大人になってしまうと聞いている。リベたん、そんなに急いで大人にさせないで! アウたんの今のかわいさをお兄ちゃんはもっと愛でていたい!)
リベリオのことは「リベリオお兄様」と言わせて、ジャンルカのことは「お義父様」、レーナのことは「お母様」と言わせようとするリベリオに、アウローラは急に教えられすぎて難しくて苦しんでいる様子だ。
(リベたん、伯父上はぼくにそっくりなの! リベたんとアウたんを見て「きゃわいいー!」と思うことはあっても、「礼儀がなってない!」なんて思わないから安心して! 大丈夫!)
その気持ちを込めて「大丈夫」と伝えるとリベリオも少し安心したようだった。
列車では
ジャンルカの膝の上に抱っこされたアウローラは窓の外を見てはしゃいでいた。
「あーたん、れっちゃ、はじめて! すごいねー!」
「これは王都に向かう特急列車だから早いぞ?」
「ほんと? びゅーんって、おーとにいくの?」
仲良く話しているアウローラとジャンルカはすっかりと親子に見える。
窓際に座ったリベリオの隣りに座るエドアルドは、リベリオとどんな風に見えているのかが気になってしまう。
黒髪に青い目と、蜂蜜色の髪に蜂蜜色の目という色彩の違いはあるが、ちゃんと兄弟に見えているだろうか。ジャンルカは男性の中でも頭一つ抜けるような長身で、エドアルドもその血を引いていて体が大きいのだが、リベリオは病で臥せっていたこともあって九歳の割りには体が小さい。
大人と子どもくらい差があるエドアルドとリベリオだが、ちゃんと兄弟に見えているのだろうか。
「エドアルドお義兄様、麦畑が見えるよ。アマティ公爵領は今年も豊作かな?」
「きっと」
領民のことを思うリベリオにエドアルドの心が震える。
(領民のことを考えるだなんて、リベたんはなんていい子なんだ! 伯父上がリベたんとアウたんを認めないなんてことはないだろうけれど、そんなことになったらぼくがリベたんとアウたんを庇ってあげるからね! リベたんとアウたんを認めない伯父上なんか、口きいてあげないんだからね!)
長男のアルマンドと同じ年のエドアルドは国王陛下にもかわいがられてきた。エドアルドが口を利かないと言えば、国王陛下はショックを受けることだろう。
流れていく景色を見ながら、エドアルドはリベリオとアウローラとレーナとジャンルカと一緒に王都まで列車で行った。途中でアウローラは眠ってしまったが、ジャンルカはよだれを垂らして眠るアウローラの口元を拭いてやって、ずっと抱っこしてあげていた。
王都に着くとすぐに馬車に乗り換えて王宮に向かう。
国王陛下との謁見の後に一緒に昼食を取る約束をしているのだ。
王宮に入って謁見の間に行けば、国王陛下が王妃殿下と並んで椅子に座っていた。
歩み出てジャンルカが国王陛下に膝を突いて挨拶をすれば、レーナはカーテシーで挨拶をして、エドアルドとリベリオはアウローラと手を繋いで頭を深く下げる。
「ジャンルカ、我が弟よ、よく来てくれた。レーナ夫人との結婚、本当におめでとう。エドアルド、リベリオ、アウローラ、顔を上げてよく顔を見せておくれ」
国王陛下に言われてエドアルドとリベリオとアウローラは顔を上げて国王陛下を見詰める。
「伯父上、お久しぶりです。弟のリベリオと妹のアウローラです」
「お初にお目にかかります。国王陛下、リベリオ・アマティです」
「わたくち、アウローラ」
それぞれに挨拶をすると、国王陛下が天を仰いでいる。
「なんとかわいらしい。こんなかわいらしい息子と娘が持ててジャンルカは幸せだな。奥方も非常に美しい! これは神が祝福した結婚に違いない! なんと素晴らしい!」
(でしょー! 伯父上は絶対そう言ってくれると思ってた! だって伯父上とぼくはそっくりだもんね! 伯父上、リベたんとアウたんは天使でしょう!)
「リベリオとアウローラはこの世に舞い降りた天使のようだ! あまりにかわいすぎる! ジャンルカ、二人が誘拐されることのないように、警護をしっかりとするのだぞ!」
「国王陛下、お口から色んなものが駄々漏れですわ」
「いいではないか、王妃よ。ここには身内しかおらぬ。わたしが心の内を素直に口にしても困るものは誰もいない」
やはり国王陛下はエドアルドと性格がそっくりだった。違うのはそれが表情と口に出るか出ないかというだけで。
アルマンドがエドアルドの感情を読み取れるのに平然としているのも、この父親の感情を読み取り、いつもこの父親の言動を見ているからだった。
「アルマンド、ビアンカ、ジェレミア、出ておいで」
国王陛下に促されて王子と王女たちが出て来る。
長男のアルマンドはエドアルドと同じ十二歳、長女のビアンカはリベリオと同じ九歳、次男のジェレミアは五歳だ。
「エドアルド、王都へようこそ。リベリオもアウローラもよく来たね」
「あ! にぃに、おうじたまよ! おうじたまがいる!」
「かわいいお姫様、これから一緒に昼食を食べようね」
「あーたん、おうじたまのおとなりでたべる!」
アルマンドの姿にアウローラが興奮している。
「エドアルドお兄様、お久しぶりです。リベリオ様、アウローラ様、わたくしはビアンカですわ。よろしくお願いします」
「リベリオと申します。よろしくお願いします」
「わたくち、アウローラ! ビアンカたまは、おしめたま?」
「わたくしは王女ですわ。お姫様ともいいますね」
「しゅごーい! ほんもののおしめたま!」
のけぞるようにして感動しているアウローラにジェレミアも自己紹介する。
「リベリオさま、アウローラさま、わたしはジェレミアです。このはるにごさいになりました。どうぞなかよくしてください」
「わたしの方こそ、仲良くしてくださったら光栄です」
「ジェレミアたまもおうじたま?」
「はい、わたしもおうじです。ですが、きにしないで、ジェレミアとよんでくださるとうれしいです」
(ちゃんと挨拶ができるリベたんとアウたん、百点満点! 花丸です! お兄ちゃん、感動しちゃった! みんなリベたんとアウたんを歓迎してるから、安心してね。リベたんとアウたんのような素晴らしい子を歓迎しないなんてありえないんだけどね!)
一生懸命「わたくち」と自分のことを言っているアウローラもかわいいし、礼儀作法を弁えているリベリオも素晴らしい。
アルマンドには弟妹がいたのに、ずっとエドアルドは一人で寂しかった。それが今はかわいい弟妹が二人もいる。
この幸せはジャンルカが再婚してくれたからこそあるのだと、エドアルドはこの再婚を心から祝福していた。