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22.リベリオとアウローラのぬいぐるみ

 リベリオが王都の町に出かけたいと言った。

 三歳のころに病にかかり魔力臓が壊れてから外出もできなかったリベリオ。そのリベリオの願いならば叶えてやりたい。


(お兄ちゃん、大好きなリベたんの初めての外出について行ってもいい? お兄ちゃん、リベたんとアウたんに囲まれて、家族で幸せに外出だなんて嬉しい! リベたん、好き! 大好き! リベたんはお兄ちゃんの宝物だよ!)


 その思いを込めて口から出たのが「好き」という単語だったが、それだけではリベリオに誤解されてしまうとエドアルドは慌てていた。


(「好き」だなんて言っちゃったら、お兄ちゃんがリベたんのこと好きみたいに思われちゃう!? いや、お兄ちゃんとしては大好きなんだけど、そういう意味じゃなくて、「好き」って言ったら、「好き」でしょ? えー!? 誤解しないでリベたん。あ、でも、やっぱり、好き!)


 頭の中で「好き」を繰り返していると、なぜかリベリオがエドアルドが「隙」と言ったと勘違いしている。隙を見せると襲われるというような予言をしてしまったことになっていた。


(嘘ー!? ぼく、そんなこと全く言ってない! リベたんのことが好きで……あー! 好きって言ったら誤解されちゃうのかな。でも、お兄ちゃんとして好きなんだもん。大好きなんだもん! 仕方ないよね!)


 全然違うことを言ったはずなのに、完璧に誤解されて、ジャンルカは護衛の数を増やすと言っているし、リベリオは緊張した面持ちになっているのに、エドアルドは困ってしまった。


 リベリオが勘違いしたまま、翌日には王都の町に一家で出かけた。

 漆黒ともいえるこの色の髪は王族にしか出ない珍しい色なので、ジャンルカとエドアルドは魔法をかけて黒髪を焦げ茶色に見えるようにしていた。

 最初に入った店ではリベリオは初めての万年筆を買ってもらって、アウローラは気に入って遊んでいたどんぐりが音を立てながら転がっていく木のおもちゃを買ってもらっていた。木のおもちゃは大きかったので護衛に先に馬車に乗せてもらっておく。


(リベたんの初めての買い物にいいものが選べてよかった。お父様も言っていたけれど、高いものは大事に使えば長く使えるから、これがリベたんの一生のお供になるかもしれない。そんなものと出会えた瞬間に立ち会えたなんて、お兄ちゃん、とっても嬉しいよ! リベたんと万年筆の出会いに乾杯!)


 心の中でグラスを持ち上げて乾杯しつつ、エドアルドは続いてバターケーキの店を見て、ジャンルカがお土産に買うのを見守り、チェリーパイも買っているのを見守り、王都の町を歩く。

 歩いて行くと、一軒の店のショーケースに飾ってあるクマとウサギのぬいぐるみを見て、リベリオが足を止めた。


「このぬいぐるみ……わたしのと似てる」

「あーたんのうさたんとにてるー!」


 それを聞いてエドアルドは心の中で胸を張る。


「リベリオとアウローラのために、ぼくが選んだ」

「あのぬいぐるみはエドアルドお義兄様が選んでくださったの?」

「あーたんのために?」

「枕元に置くと、安らかに眠れる魔法がかかっている」


 かわいいもふもふのクマはリベリオにぴったりだったし、白いもふもふのウサギはアウローラも気に入ってくれるだろうと思っていた。


「あのぬいぐるみが部屋にあると落ち着く気がしていたのは、エドアルドお義兄様のおかげだったんだ」

「あーたん、うさたん、だいすち!」


 リベリオもアウローラもそう言ってくれてエドアルドは非常に満足していた。かわいいリベリオとアウローラにかわいいぬいぐるみなんて似合いすぎるだろう。


「にぃに、ちっさいうさたんがいる! かわいい!」

「小さなクマもいるね」


 ショーケースを覗き込んで見ているリベリオとアウローラにジャンルカが店に入るように促す。

 枕元に置けるタイプのぬいぐるみは抱き締めて寝られるようにかなり大きなものを選んでいたが、旅行には持って来られなかったので、アウローラもリベリオも小さいものが欲しいのかもしれない。


「エドアルド、リベリオとアウローラとぬいぐるみを選んでおいで」


 ジャンルカに促されてエドアルドは店の中に並んでいる手の平の上に乗るような小さなウサギとクマのぬいぐるみを選び始めた。


(ぬいぐるみは一つ一つ手作りだから顔が違うんだ。どの顔が一番かわいいかじっくり選ばないとね。おにいちゃんが最高のぬいぐるみをリベたんとアウたんに選んであげる!)


 一つ一つ丁寧にぬいぐるみを見て、一番顔がかわいいと思ったウサギをアウローラに、一番顔がかわいいと思ったクマをリベリオに渡すと、二人が蜂蜜色の目を輝かせている。

 アウローラはまだ三歳だし、リベリオは男の子で九歳とはいっても、まだまだぬいぐるみが好きな年齢のようだ。ジャンルカにウサギとクマのぬいぐるみを買ってもらって、リベリオとアウローラは大事にそれを抱いて店から出た。


 ぬいぐるみの店から出ると、広場に通じる道を通って、広場に出る。

 広場は異国の踊り子が太鼓の音に合わせて踊っていて、そこに人だかりができている。

 大勢がいるところは危ないので避けようとしたが、アウローラが踊りにつられて行ってしまいそうになる。


「アウローラ、ここは危険かもしれない。離れよう」


 ジャンルカがアウローラの手を引いた瞬間、アウローラの手からウサギのぬいぐるみが落ちて転がった。少し遠い位置に転がってしまったぬいぐるみを、アウローラを押さえてリベリオが取りに行く。


 そのときだった。

 男性がぬいぐるみを拾ったリベリオを担ぎ上げて連れて行ってしまおうとする。


「リベリオー!」


 反射的にエドアルドは風の魔法を使っていた。

 これまで一度も使ったことはなかったが、魔法学の本で読んで理論は知っていた。

 魔力を練って術式を組み立て、風の魔法を展開するまで一秒もかからなかった。

 リベリオを担ぎ上げた男性の腕が引き裂かれてリベリオが落下する。走り寄ったエドアルドがリベリオを抱き留めていた。


「貴様、何のためにわたしの息子を攫おうとした?」

「い、痛い! 腕がもげちまう! 頼む、治療をさせてくれ!」

「すぐに警備兵を呼んでくれ。この男を捕らえて尋問するように」


 護衛に声を掛けたジャンルカが、エドアルドに抱き締められて震えているリベリオに近付いてくる。


「リベリオ、怖かっただろう」

「エドアルドお義兄様が助けてくれました。やはり隙を見せてはいけなかった……。エドアルドお義兄様の予言の通りでした」

「エドアルドの予言がなければリベリオは攫われていたかもしれないな。エドアルド、ありがとう」


 ジャンルカに感謝されてエドアルドは複雑な気持ちになる。


(お父様、違うんです! ぼくは単純にリベたんのことが大好きだって言っただけで、予言なんてしてないんです! どうして分かってくれないのかな? お父様もリベたんもぼくの考えを全然違う方向に捉えちゃうんだからー!)


 エドアルドが心の中でどれだけ否定しても、リベリオにもジャンルカにも通じなかった。


 最後に行った店で、ジャンルカはエドアルドとリベリオにお揃いの懐中時計を買ってくれた。


「エドアルドも秋になれば学園に行くようになる。そのときには時計も必要だろう。リベリオには少し早いかもしれないが、エドアルドと同じものを買っておきたかった」


 レーナにはジャンルカのものよりも小さめの女性用の懐中時計をジャンルカは送っていた。


「時計を贈るのには意味があるんだ。わたしと同じ時間を生きてほしい。レーナ、どうか、わたしとずっと一緒に生きてほしい」

「ジャンルカ様……喜んで」


 小ぶりの懐中時計を贈られたレーナは大事そうにそれを胸に抱いていた。


 リベリオが攫われそうになったが、エドアルドが即座に対応したので大事には至らなかった。


「エドアルドお義兄様は風の魔法を無詠唱で使えるんだね」

「魔法学の本で……」

「もしかして、わたしが攫われかけることを予言していて、そのときに必要だから魔法学の本で学んでいたの!? エドアルドお義兄様が毎日魔法学の本を熱心に読んでいらっしゃると思ったら、そういうことだったんだ!」


(いやいやいや、偶然だけど!? お兄ちゃん、初めて魔法を使ったし、成功するとは思ってなかったよ!? 偶然魔法が使えて、偶然リベたんを助けられただけなんだけど! お兄ちゃん、先見の目なんて持ってないからね!)


 どれだけエドアルドが心の中で弁解をしていようとも、リベリオは完全に信じ切った目でエドアルドを見ている。

 どうしてこうなってしまったのか。

 エドアルドには解けない誤解をどうすることもできなかった。

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