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23.アウローラの我が儘

 リベリオを攫おうとした男性は、警備兵の元で腕を治療されて供述したという。


「金持ちの子どもがお忍びで町に出ているんだろうと思ったから、誘拐して身代金を奪おうと考えていた」


 王都では町に出た貴族の子どもが攫われる事件がたびたび起こっていると聞く。男性を捕まえられたのはその一味を全員捕まえる一歩になったとエドアルドは感謝されていた。


 帰りの馬車の中でリベリオはエドアルドに手を繋がれていた。攫われそうになったことがよほど怖かったのだろう、エドアルドはあれからリベリオの手を放さずにずっと繋いでいた。手を繋ぐような年齢ではないのに、エドアルドが手を繋ぐのは嫌ではないのでリベリオはそのままにしておいた。大きなエドアルドの手は温かくて繋いでいると心が落ち着く。


「リベリオ、無事でよかった」

「エドアルドお義兄様が助けてくれたおかげだよ。危険を先に予見もしてくれていたし」

「リベリオ……」


 まだどこか心配そうなエドアルドの手をリベリオの方から強く握りしめる。自分は生きているし、攫われなかった。それはエドアルドのおかげなのだ。


 王都のアマティ公爵家のタウンハウスに戻ると、買ってきたバターケーキとチェリーパイでお茶をした。紅茶を入れてもらって牛乳をたっぷり入れて飲んでいるアウローラは口の周りが白くなっている。

 バターケーキはコクがあるがしつこくなくて美味しかったし、チェリーパイもとても美味しかった。一口大に切ってあるので、どちらも食べても食べられなくなることはない。他にもフィンガーサンドに、スコーンやジャムやクリームが準備されていて、豪華なお茶だった。


 顔合わせのときもだったが、お茶菓子の種類も多かったし、アマティ公爵家のお茶はいつも豪華なようだ。ブレロ家やレーナの実家では、お茶の時間には紅茶に入れる牛乳もないことがあって、アウローラは紅茶に水を入れて薄めて冷まして飲んでいた。


「わたくちのめのまえで、にぃにがちらないひとにだっこされて、ぶわってなって、エドアルドおにいたまががしってちて、にぃにがかえってきたの」

「アウローラも怖い場面を見ちゃったね。わたしが隙を見せたためにごめんね」

「わたくち、にぃにをまもりたかった……。わたくち、けんのれんしゅーをちる!」

「えぇ!? アウローラが剣の練習を!?」


 リベリオが危険な目に遭ったことはアウローラにとってもショックだったようだ。剣の練習をすると言っているアウローラをどうやって止めればいいのか悩んでいるリベリオに、エドアルドが口を開いた。


「淑女にも身を守る術が必要になるかもしれない」

「エドアルドお義兄様、それは予言なの? アウローラが剣の練習をしていればいつかは役に立つと、そういうことだね。アウローラ、エドアルドお義兄様がそうおっしゃっているんだ、剣の練習を無理なく始めたらいいんじゃないかな」

「アウローラはまだ小さいから危険だが、エドアルドがそう言うのならば、エドアルドとリベリオが習っている剣の先生に頼んでおこう。エドアルドもこのくらいの年で剣の練習を始めたし、先生はうまくやってくれるだろう」


 先見の目でアウローラの未来が見えたのだったら、リベリオに反対する言葉はない。ジャンルカも賛成してくれて、アウローラはアマティ公爵領に帰ったら剣の練習ができるようになっていた。


「エドアルドお義兄様が先見の目で予言して、わたしは今、魔力の制御や魔法の使い方を少しずつ覚えているのです。エドアルドお義兄様が教えてくれて、エドアルドお義兄様は非常に優秀な教師です」

「エドアルド、リベリオに教えてやってくれているのか。エドアルドが先見の目で見たのならば、リベリオが魔力を制御するのが必要になる日が来るのだろう。難しいところがあったら言ってくれ。わたしも手伝うよ」

「いいえ。リベリオは優秀なので」

「エドアルドお義兄様の教え方がいいのです」


 少しずつだが普通に話せるようになってきたエドアルドとの関係もリベリオにとっては嬉しいものだった。もうすぐ新婚旅行は終わってしまうがエドアルドとの心の距離はかなり縮まったような気がする。

 エドアルドはリベリオを守りたいと思うくらいかわいがってくれているし、リベリオはエドアルドを兄として慕っている。


「エドアルドお義兄様大好き……」

「わたくちも、エドアルドおにいたま、だいすち!」


 思わずリベリオが呟くと、聞き付けたアウローラが手を上げて発言する。

 それに対してエドアルドは変わらず凍て付いた表情だったが、小さく口を開いた。


「ぼくも、リベリオとアウローラが大好き」


 大好きと言ってもらえた。

 リベリオがエドアルドを慕っているのと同じように、エドアルドもリベリオとアウローラが大好きだと言ってくれた。


「嬉しい! エドアルドお義兄様、わたしたちは家族ですね」

「うん、家族だ」


 家族としてリベリオとアウローラのことは認めてくれたようだが、レーナのことはどうなのだろう。

 まだエドアルドは亡くなった母親のことを思っていて、レーナのことを認められず複雑な気持ちなのだろうか。


「エドアルドがリベリオとアウローラと打ち解けて本当によかった」

「弟妹として大事に思ってくださるだなんて、ありがたいことです」


 心の底から感謝しているレーナに対して、エドアルドは何か言おうとしているが、言葉にならずに口を閉じた。

 子ども同士は打ち解けられても、後妻であるレーナには複雑な気持ちが残っているのかもしれない。リベリオとアウローラだけが認められても、幸せな家族とはいえない。レーナまでが認められてこそ、再婚したレーナとジャンルカが本当に幸せな家族になれるのではないだろうか。


 それでも、リベリオにはこれだけはどうしようもなかった。

 エドアルドにレーナを義母と思うように迫るわけにもいかないし、歩み寄るように頼むわけにもいかない。全てはエドアルドの心が動くのを待つしかないのだ。


 自分にはとても優しい兄で、大好きとまで言ってくれるエドアルドがレーナに対して見せる躊躇いは何が原因なのだろう。先見の目の能力で何かが見えているのだろうか。優しい母であるレーナがエドアルドに何かするとは思っていないが、エドアルドはこれまでに先見の目で嫌な未来をたくさん見てきたのだろう。その傷付いた心のせいで、表情が乏しくなってしまうような事態にまでなっている。

 繊細なエドアルドはレーナに対して遠慮があるのかもしれない。それがレーナとエドアルドが打ち解けられない理由になっているのかもしれない。


「エドアルドお義兄様……」


 今は何も言えないが、もっと親しくなったら、レーナについてのエドアルドの気持ちも聞けるようになるのだろうか。リベリオは今はまだ、エドアルドとレーナの間にある心の壁を取り払う方法が分からなかった。


 部屋に戻ると、アウローラとエドアルドが自然とリベリオの部屋に集まってきた。アウローラは小さなウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えている。


「にぃに、エドアルドおにいたま、あーたんもまほーちゅかいたいの」

「え!? アウローラが魔法を!?」

「アウローラの魔力核も魔力臓もまだ育ってない」

「そうだよ。魔力核と魔力臓が育たないと魔法を使うことはできないんだよ」


 魔力核と魔力臓は体の成長に伴って強化されていく。幼いころは魔力核も小さく魔力を生み出すことができず、魔力臓も小さく魔力を貯めておくことができない。それが分かっているからこそ、アウローラが無茶なことをしようとしているのをリベリオもエドアルドも止めようとしていたが、アウローラは三歳のイヤイヤ期である。言い出したら聞かないところがある。


「あーたんもちたいの! さーせーてー!」


 最終的には床の上にひっくり返ってじたばたと手足をばたつかせて駄々をこねるアウローラにリベリオは困ってしまった。

 どうしようかと考えていると、エドアルドがアウローラの脇に手を入れて抱き上げて、膝の上に抱いて椅子に座る。


「少しだけなら……」

「エドアルドおにいたま、いいの?」

「アウローラに無理のない程度なら」


 リベリオに教えたときのように後ろからすっぽりと抱き締めてアウローラに自分の体という器の大きさを教えるエドアルドに、リベリオはなぜかわからないがショックを受けてしまう。

 エドアルドはリベリオにだけ特別に体を密着させて教えてくれたわけではなかった。アウローラが望めば同じことをしてあげてしまう。


 どうして自分がそのことについてショックを受けているかも分からないままに、リベリオは一人、立ち尽くしていた。


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